宋名臣言行録 / 前集巻二・李沆
常讀論語或問之公曰沆為相如論語中節用愛人使民以時兩句尚未能行聖人之言終身誦之可也
新字:常読論語或問之公曰沆為相如論語中節用愛人使民以時両句尚未能行聖人之言終身誦之可也
書き下し
常に論語を讀む。或ひと之を問う。公曰く、沆、相と為るも、論語中の節用愛人・使民以時の兩句の如きすら尚お未だ行う能わず。聖人の言は終身之を誦して可なりと。
現代語訳
いつも論語を読んでいた。ある人がそのわけを尋ねた。公は言った。「私は宰相となっても、論語の中の『用を節して人を愛す』『民を使うに時を以てす』という二句すら、まだ行うことができていない。聖人の言葉は、生涯これを誦していてよいものだ」。
解説
なぜいつまでも論語を読むのか、と問われた答えです。**宰相になっても、この二句すらまだ行えていない。**挙げたのが学而篇の平易な二句であるところが要でした。難しい章ではありません。費用を切り詰めて人を大切にする、民を使うのは農事の妨げにならない時期にする。宰相の実務そのものです。読み終わらない理由を、解釈の深さではなく実行の未達に置いています。
この章句が説くこと
節用愛人使民以時の両句の如きすら尚お未だ行う能わず聖人の言は終身之を誦して可なり常に論語を読む実行基本学び
関連する章句
-
論語・公冶長篇子路聞くこと有りて、未だ之を行うこと能わざれば、唯だ聞くこと有らんことを恐る。
-
論語・子罕篇子曰く、法語の言は、能く従うこと無からんや。之を改むるを貴しと為す。巽与の言は、能く説ばざらんや。之を繹ぬるを貴しと為す。説びて繹ねず、従いて改めずんば、吾之を如何ともする末きのみ。
-
論語・子罕篇子曰く、之に語げて惰らざる者は、其れ回なるか。
-
司馬法・嚴位陳(じん)することの難きに非ず、人をして陳す可からしむることの難きなり。人をして陳す可からしむることの難きに非ず、人をして用う可からしむることの難きなり。知ることの難きに非ず、行うことの難きなり。
-
尚書・太甲下慮らずんば胡ぞ獲、為さずんば胡ぞ成らん。
-
伝習録・薛侃録問う、「上智・下愚は如何ぞ移すべからざるか」と。先生曰く、「是れ移すべからざるに非ず。只だ是れ移るを肯んぜざるなり」と。