宋名臣言行録 / 前集巻二・李沆
公為相真宗嘗夜遣使持手詔問欲以某氏為貴妃如何公對使者引燭焚其詔書附奏曰但道臣沆以為不可其議遂寢
新字:公為相真宗嘗夜遣使持手詔問欲以某氏為貴妃如何公対使者引燭焚其詔書附奏曰但道臣沆以為不可其議遂寝
書き下し
公相と為る。真宗嘗て夜、使いを遣わして手詔を持たしめ、某氏を以て貴妃と為さんと欲す、如何と問う。公、使者に對して燭を引きて其の詔書を焚く。附奏して曰く、但だ臣沆以て不可と為すと道えと。其の議遂に寢む。
現代語訳
公が宰相であったとき、真宗はかつて夜に使者を遣わして手書きの詔を持たせ、某氏を貴妃にしたいがどうか、と問わせた。公は使者の目の前で灯りを引き寄せてその詔書を焼いた。そして言づけて奏上させた。「ただ、臣の李沆が不可と申しました、とだけ伝えよ」。その議はそのまま止んだ。
解説
夜に届いた内々の打診を、その場で焼いた条です。**使者の目の前で灯りを引き寄せて詔書を焼き、「臣の李沆が不可と申しました、とだけ伝えよ」。**理由を書いていません。書けば議論になり、残れば証拠になります。焼いたのは、その話が無かったことにするためでした。前の条で密かな上申を憎むと言った人が、密かに来た話をどう扱ったかの実物です。
この章句が説くこと
公使者に対して燭を引きて其の詔書を焚く但だ臣沆以て不可と為すと道え其の議遂に寝む内示拒否証拠
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