宋名臣言行録 / 前集巻二・李沆
真宗問公曰人皆有宻啟而卿獨無何也對曰臣待罪宰相公事則公言之何用宻啟夫人臣有宻啟者非讒即佞臣常惡之豈可效尤
新字:真宗問公曰人皆有宻啟而卿独無何也対曰臣待罪宰相公事則公言之何用宻啟夫人臣有宻啟者非讒即佞臣常悪之豈可効尤
書き下し
真宗、公に問いて曰く、人皆な宻啟有り。而るに卿獨り無きは何ぞやと。對えて曰く、臣宰相に待罪す。公事は則ち公に之を言う。何ぞ宻啟を用いん。夫れ人臣の宻啟有る者は、讒に非ざれば即ち佞なり。臣常に之を惡む。豈に尤に效う可けんやと。
現代語訳
真宗が公に尋ねた。「人はみな密かな上申をしている。それなのに卿だけがしないのはなぜか」。公は答えた。「臣は宰相の職を汚しております。公の事なら公の場で申します。どうして密かな上申を使う必要がありましょう。そもそも臣下で密かな上申をする者は、讒言でなければ媚びです。臣はつねづねそれを憎んでおります。どうして悪しき例に倣えましょう」。
解説
密かな上申をしない理由を、五十二字で言い切った条です。**公の事なら公の場で言う、どうして密かな上申を使う必要があるのか。**そのうえで、するほうを断じます。密かな上申をする者は、讒言でなければ媚びだ、と。二つしかない、と言い切ったところが強い。趙普が投書を甕に入れて大通りで焼いた条と、同じところを守っています。
この章句が説くこと
公事は則ち公に之を言う何ぞ宻啟を用いん人臣の宻啟有る者は讒に非ざれば即ち佞なり臣常に之を悪む豈に尤に効う可けんや密告公開讒言
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