宋名臣言行録 / 前集巻二・錢若水
若水為學士嘗草賜趙保忠詔云不斬繼遷存狡兔之三穴潛疑光嗣持首鼠之兩端太宗覽之甚悦謂若水曰此四句正道著我意又與趙保吉詔有既除手足之親已失輔車之勢其辭甚美太宗批其後云依此詔本極好子延年寳藏之
新字:若水為学士嘗草賜趙保忠詔云不斬継遷存狡兔之三穴潜疑光嗣持首鼠之両端太宗覧之甚悦謂若水曰此四句正道著我意又与趙保吉詔有既除手足之親已失輔車之勢其辞甚美太宗批其後云依此詔本極好子延年寳蔵之
書き下し
若水學士と為る。嘗て趙保忠に賜う詔を草して云う、繼遷を斬らずして狡兔の三穴を存し、光嗣を潛疑して首鼠の兩端を持すと。太宗之を覽て甚だ悦ぶ。若水に謂いて曰く、此の四句、正に我が意を道い著けりと。又た趙保吉に與うる詔に、既に手足の親を除き、已に輔車の勢いを失う有り。其の辭甚だ美なり。太宗其の後に批して云う、此の詔本に依るは極めて好しと。子の延年之を寳藏す。
現代語訳
銭若水が学士であったとき、趙保忠に賜わる詔を起草してこう書いた。「李継遷を斬らずして、狡い兎の三つの穴を残し、光嗣を疑って、首を出す鼠のように両端を持している」。太宗はこれを見てたいそう喜んだ。銭若水に言った。「この四句は、まさに私の思いを言い当てている」。また趙保吉に与える詔に「すでに手足のような親族を除き、すでに車の添え木のような助けを失った」とあった。その文辞ははなはだ美しい。太宗はその後ろに書き付けて言った。「この詔の草案によるのは、きわめて良い」。子の延年はこれを宝として蔵した。
解説
詔の起草が、人の口を借りる仕事だと分かる条です。太宗の評が短い。**この四句は、まさに私の思いを言い当てている。**言いたかったけれど言葉にできていなかったものを、四句にして返した。狡兎の三穴、首鼠の両端、手足の親、輔車の勢いと、四つとも古い成語です。新奇な言葉ではなく、誰もが知っている言い回しを正確に当てはめている。文章の腕とはそういうものだ、という例になっています。
この章句が説くこと
此の四句正に我が意を道い著けり継遷を斬らずして狡兔の三穴を存し光嗣を潜疑して首鼠の両端を持す既に手足の親を除き已に輔車の勢いを失う文章代弁的確
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