宋名臣言行録 / 前集巻二・錢若水
為同州推官有富民家小女奴逃亡不知所之奴父母訟于州命錄事鞫之錄事嘗貸錢于富民不獲乃劾富民父子數人共殺女奴棄屍水中遂失其屍富民不勝搒楚自誣服具上州官審覆無反異若水獨疑之留其獄數日不決錄事詣若水詬之曰若受富民錢欲出其死罪邪若水笑謝曰今數人當死豈可不少留熟觀其獄辭邪留之旬日知州屢趣之不能得上下皆怪之若水一旦詣州屏人言曰若水所以留其獄者宻使人訪求女奴今得之矣知州驚曰安在若水因宻使人送女奴于知州所知州乃垂簾引女奴父母問曰汝今見汝女識之乎曰安有不識也因從簾中推出示之父母泣曰是也乃引富民父子悉破械縱之其人號泣曰㣲使君某滅族矣知州曰推官之賜也其人傾家貲飯僧為若水祈福知州欲奏論其功若水固辭曰若水但求獄事正人不寃耳論功非其本心也朝廷若以此為若水功當置錄事于何地邪知州歎服曰如此尤不可及矣太宗聞之驟加褒擢二年中為樞宻副使
新字:為同州推官有富民家小女奴逃亡不知所之奴父母訟于州命録事鞫之録事嘗貸銭于富民不獲乃劾富民父子数人共殺女奴棄屍水中遂失其屍富民不勝搒楚自誣服具上州官審覆無反異若水独疑之留其獄数日不決録事詣若水詬之曰若受富民銭欲出其死罪邪若水笑謝曰今数人当死豈可不少留熟観其獄辞邪留之旬日知州屡趣之不能得上下皆怪之若水一旦詣州屏人言曰若水所以留其獄者密使人訪求女奴今得之矣知州驚曰安在若水因密使人送女奴于知州所知州乃垂簾引女奴父母問曰汝今見汝女識之乎曰安有不識也因従簾中推出示之父母泣曰是也乃引富民父子悉破械縦之其人号泣曰微使君某滅族矣知州曰推官之賜也其人傾家貲飯僧為若水祈福知州欲奏論其功若水固辞曰若水但求獄事正人不冤耳論功非其本心也朝廷若以此為若水功当置録事于何地邪知州嘆服曰如此尤不可及矣太宗聞之驟加褒擢二年中為枢密副使
書き下し
同州の推官と為る。富民の家に小女奴の逃亡して之く所を知らざる有り。奴の父母、州に訟う。錄事に命じて之を鞫せしむ。錄事嘗て富民に錢を貸して獲ざりき。乃ち富民の父子數人共に女奴を殺して屍を水中に棄つと劾す。遂に其の屍を失う。富民搒楚に勝えず、自ら誣いて服す。具さに州官に上りて審覆するも反異無し。若水獨り之を疑い、其の獄を留むること數日、決せず。錄事、若水に詣りて之を詬りて曰く、若し富民の錢を受けて其の死罪を出ださんと欲するかと。若水笑いて謝して曰く、今、數人死に當たる。豈に少しく留めて熟ら其の獄辭を觀ざる可けんやと。之を留むること旬日。知州屢々之を趣すも得る能わず。上下皆な之を怪しむ。若水一旦州に詣り、人を屏けて言いて曰く、若水の其の獄を留むる所以の者は、宻かに人をして女奴を訪求せしむればなり。今、之を得たりと。知州驚きて曰く、安くに在りと。若水因りて宻かに人をして女奴を知州の所に送らしむ。知州乃ち簾を垂れて女奴の父母を引きて問いて曰く、汝、今、汝が女を見て之を識るかと。曰く、安んぞ識らざること有らんやと。因りて簾中より推し出だして之に示す。父母泣きて曰く、是れなりと。乃ち富民父子を引きて悉く械を破りて之を縱つ。其の人號泣して曰く、使君㣲かりせば、某滅族せんと。知州曰く、推官の賜なりと。其の人家貲を傾けて僧に飯して若水の為に福を祈る。知州其の功を奏論せんと欲す。若水固く辭して曰く、若水は但だ獄事の正しくして人寃せざるを求むるのみ。功を論ずるは其の本心に非ざるなり。朝廷若し此を以て若水の功と為さば、當に錄事を何の地に置くべきやと。知州歎服して曰く、此くの如きは尤も及ぶ可からずと。太宗之を聞き、驟かに褒擢を加う。二年の中に樞宻副使と為る。
現代語訳
同州の推官となった。ある富民の家で、幼い下女が逃げていなくなり、行方が分からなくなった。下女の父母が州に訴えた。録事に命じて取り調べさせた。録事はかつて富民に金を貸して返してもらえなかったことがあった。そこで、富民の父子数人がともに下女を殺して死体を水中に捨てたと弾劾した。それで死体は見つからないのだ、と。富民は拷問に耐えられず、自ら偽って罪を認めた。詳細を州の役人に上げて再審したが、異議は出なかった。銭若水だけがこれを疑い、その裁きを数日留めて決しなかった。録事は銭若水のもとに来て罵った。「おまえは富民の金を受け取って、その死罪を免れさせようとしているのか」。銭若水は笑って詫びた。「いま数人が死罪に当たろうとしている。少し留めて、その供述をよく見ずにいられようか」。十日ほど留めた。知州はたびたび催促したが動かせなかった。上も下もみな不審に思った。銭若水はある日州庁に行き、人を退けて言った。「私がこの裁きを留めていたのは、ひそかに人をやってあの下女を捜させていたからです。いま見つけました」。知州は驚いて「どこにいる」と言った。銭若水はひそかに人に命じて、下女を知州のもとへ送らせた。知州は簾を垂らして下女の父母を呼び入れて尋ねた。「おまえたち、いま自分の娘を見たら分かるか」。「どうして分からないことがありましょう」と言った。そこで簾の中から押し出して見せた。父母は泣いて「この子です」と言った。そこで富民の父子を引き出し、みな枷を壊して解き放った。その者は声を上げて泣いて言った。「使君がおられなかったら、私は一族が滅びていました」。知州は「推官のおかげだ」と言った。その者は家財を傾けて僧に食を施し、銭若水のために福を祈った。知州はその功を奏上しようとした。銭若水は固く辞退して言った。「私はただ裁きが正しく、人が冤を受けないことを求めただけです。功を論じるのは本心ではありません。朝廷がもしこれを私の功とするなら、録事をどこに置くことになりますか」。知州は感嘆して言った。「そこまでとなると、いよいよ及びがたい」。太宗はこれを聞いて、急に褒めて引き上げた。二年のうちに枢密副使となった。
解説
この章句が説くこと
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説苑・雜言孔子将に行かんとするに、蓋無し。弟子曰く、「子夏に蓋有り、以て行く可し」と。孔子曰く、「商の人と為りや、甚だ財に短し。吾聞く、人と交わる者は、其の長ずる所を推し、其の短なる所を違く、故に能く久長なりと」と。
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司馬法・仁本その老幼を見ては、奉(ほう)じて帰し、傷つくる勿(な)かれ。壮者に遇うと雖も、校(きそ)わざれば敵とする勿れ。
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