宋名臣言行録 / 前集巻二・呂端
公使髙麗遇風濤檣折舟人大恐公恬然讀書若在齋閣
新字:公使高麗遇風濤檣折舟人大恐公恬然読書若在斎閣
書き下し
公、髙麗に使いす。風濤に遇いて檣折る。舟人大いに恐る。公恬然として書を讀むこと齋閣に在るが若し。
現代語訳
公が高麗へ使いした。荒波に遭って帆柱が折れた。船の者はひどく恐れた。公は落ち着き払って書を読み、書斎にいるかのようであった。
解説
二十二字の条です。帆柱が折れて船中が恐慌している中で、**書斎にいるかのように本を読んでいた。**何かを言ったわけでも、指図をしたわけでもありません。ただ変わらなかった。呂端という人の記録はここから始まります。この後に続くのが「小事にはぼんやり、大事にはぼんやりでない」という有名な評で、その伏線としてこの一条が置かれています。
この章句が説くこと
公恬然として書を読むこと斎閣に在るが若し風濤に遇いて檣折る舟人大いに恐る公高麗に使いす動揺平静胆力
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