宋名臣言行録 / 前集巻一・張齊賢
為江南轉運使吉州㳂江有勾欄地錢其地為江水淪陷或官占為船場而所輸錢如故又李氏時民于江中編浮栰以居量丈尺輸税名水場錢公悉奏免之
新字:為江南転運使吉州㳂江有勾欄地銭其地為江水淪陥或官占為船場而所輸銭如故又李氏時民于江中編浮栰以居量丈尺輸税名水場銭公悉奏免之
書き下し
江南轉運使と為る。吉州の江に㳂いて勾欄の地錢有り。其の地、江水に淪陷せられ、或いは官占して船場と為す。而して輸する所の錢は故の如し。又た李氏の時、民江中に浮栰を編みて以て居る。丈尺を量りて税を輸す。水場錢と名づく。公悉く奏して之を免ず。
現代語訳
江南転運使となった。吉州の長江沿いに、桟敷の地代があった。その土地は江水に沈み、あるいは官が占有して造船場としていた。それなのに納める銭は元のままだった。また南唐の李氏の時代、民が江の中に筏を編んで住んでいた。その寸法を測って税を納めさせ、水場銭と名づけていた。公はすべて奏上してこれを免除した。
解説
実体の無くなった税を二つ並べて廃止した条です。**土地は水に沈んだか、官が造船場にして取り上げたのに、地代だけは元のまま納めさせていた。**もう一つは、江に浮かべた筏の面積で取る税です。どちらも、かつては理由があったものが、理由の消えた後も残っていました。派手な減税ではありません。台帳を見て、根拠の消えた項目を落としただけです。范質が戸口の台帳を急務と呼んだのと、同じ地面の仕事です。
この章句が説くこと
其の地江水に淪陥せられ或いは官占して船場と為すも輸する所の銭は故の如し丈尺を量りて税を輸す水場銭と名づく公悉く奏して之を免ず税実態廃止
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