宋名臣言行録 / 前集巻一・李昉
公為相有求差遣見其人材可取將收用必正色拒之已而擢用或不足收用必和顔温語待之子弟或問其故公曰用賢人主之事我若受其請是市私恩也故峻絶之使恩歸于上若其不用者既失所望又無善辭此取怨之道也
新字:公為相有求差遣見其人材可取将収用必正色拒之已而擢用或不足収用必和顔温語待之子弟或問其故公曰用賢人主之事我若受其請是市私恩也故峻絶之使恩帰于上若其不用者既失所望又無善辞此取怨之道也
書き下し
公相と為る。差遣を求むる有り。其の人材の取る可きを見れば、將に收用せんとして、必ず正色して之を拒む。已にして擢用す。或いは收用するに足らざれば、必ず和顔温語して之を待つ。子弟或いは其の故を問う。公曰く、賢を用うるは人主の事なり。我れ若し其の請を受けば、是れ私恩を市うなり。故に峻絶して恩を上に歸せしむ。若し其の用いざる者は、既に望みを失い、又た善辭無くんば、此れ怨みを取るの道なりと。
現代語訳
公が宰相であったとき、任官を求めてくる者があった。その人物に取るべき才があると見れば、採用しようとしながら、必ず厳しい顔つきで断った。そして後に引き上げた。もし採用するに足りない者であれば、必ず和やかな顔と温かい言葉で応対した。子弟がそのわけを問うた。公は言った。「賢者を用いるのは君主の仕事だ。私がその願いを受け入れれば、それは個人の恩を売ることになる。だから厳しく断って、恩が上に帰するようにする。用いない者のほうは、望みを失ったうえに、かけてもらう良い言葉さえ無ければ、それは怨みを買う道だ」。
解説
採る相手には冷たくし、採らない相手には温かくした、という逆さまの応対の条です。理由が二つに分かれています。**採る場合は、恩が自分ではなく君主に帰るように、厳しく断ってから引き上げる。**採らない場合は、望みも言葉も両方失わせては怨みを買うから、せめて言葉は尽くす。人事を私物化しないことと、断り方で怨みを残さないこと。同じ一人の中で、この二つが別々に設計されています。
この章句が説くこと
賢を用うるは人主の事なり我れ若し其の請を受けば是れ私恩を市うなり故に峻絶して恩を上に帰せしむ既に望みを失い又た善辞無くんば此れ怨みを取るの道なり人事私恩断り方
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