宋名臣言行録 / 前集巻一・竇儀
儀為性嚴重家法整肅每對客坐即二侍郎三起居四參政五補闕皆侍立焉
新字:儀為性厳重家法整粛毎対客坐即二侍郎三起居四参政五補闕皆侍立焉
書き下し
儀、性と為り嚴重にして家法整肅なり。客に對して坐する毎に、即ち二侍郎・三起居・四參政・五補闕、皆な侍立す。
現代語訳
竇儀は生まれつき厳格で重々しく、家の法度は整い引き締まっていた。客に対して坐るたび、二男の侍郎、三男の起居舎人、四男の参知政事、五男の補闕が、みな側に立って侍った。
解説
三十字で家の空気を伝える条です。客が来て父が坐ると、侍郎・起居舎人・参知政事・補闕という顔ぶれが、みな立って控えた。一人ひとりが朝廷の要職に就いている大人です。それが父の前では立ったまま。厳しいというより、家の中の順序を外へ見せることを崩さない家だった、ということです。兄弟が揃って登第した竇氏の家風が、この一場面に畳み込まれています。
この章句が説くこと
儀性と為り厳重にして家法整粛なり二侍郎三起居四参政五補闕皆な侍立す客に対して坐する毎に家風序列規律
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