宋名臣言行録 / 前集巻一・竇儀
竇偁為晉府記室賈琰為判官每諸王宗室宴集琰必怡聲下氣褒讚㨗給偁叱之曰賈氏子何巧言令色之甚獨不懼于心耶太宗甚怒白太祖斥出為涇州節判後即位思之召為樞宻直學士數月參政中謝語之曰汝知何以及此偁曰陛下以臣往年覇府遭逢所以至此耳上曰不然以卿嘗面折賈琰故任卿左右思聞直言耳
新字:竇偁為晉府記室賈琰為判官毎諸王宗室宴集琰必怡声下気褒讃㨗給偁叱之曰賈氏子何巧言令色之甚独不懼于心耶太宗甚怒白太祖斥出為涇州節判後即位思之召為枢宻直学士数月参政中謝語之曰汝知何以及此偁曰陛下以臣往年覇府遭逢所以至此耳上曰不然以卿嘗面折賈琰故任卿左右思聞直言耳
書き下し
竇偁、晉府の記室と為る。賈琰、判官為り。諸王宗室の宴集する毎に、琰必ず聲を怡ばせ氣を下し、褒讚㨗給す。偁之を叱して曰く、賈氏の子、何ぞ巧言令色の甚だしきや。獨り心に懼れざるかと。太宗甚だ怒り、太祖に白して斥け出だして涇州の節判と為す。後、即位して之を思い、召して樞宻直學士と為す。數月にして參政す。中謝に之に語りて曰く、汝、何を以て此に及ぶを知るかと。偁曰く、陛下、臣の往年覇府に遭逢せしを以て、至る所以は此のみと。上曰く、然らず。卿嘗て面のあたり賈琰を折くを以ての故に、卿を左右に任じ、直言を聞かんことを思うのみと。
現代語訳
竇偁は晋王府の記室となった。賈琰は判官であった。諸王や宗室が宴に集まるたび、賈琰は必ず声を和らげ気を低くして、褒め言葉を素早く並べた。竇偁はこれを叱って言った。「賈家の子よ、なんと巧みな言葉と作り笑いのはなはだしいことか。心に恐れることはないのか」。太宗はひどく怒り、太祖に申し上げて、竇偁を退けて涇州の節度判官とした。後に太宗は即位してから彼を思い出し、召して枢密直学士とした。数か月で参知政事となった。着任の謝辞のとき、太宗は彼に言った。「おまえは、どうしてここまで来られたか分かるか」。竇偁は言った。「陛下が、臣が昔の藩邸でお仕えしたことをお思いくださったからでしょう」。太宗は言った。「そうではない。卿が面と向かって賈琰をやりこめたことがあるからだ。だから卿を側に置いて、直言を聞きたいと思っているのだ」。
解説
この章句が説くこと
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説苑・雜言子石、呉山に登りて四望し、喟然として歎息して曰く、「嗚呼悲しいかな。世に事情に明らかにして人心に合わざる者有り、人心に合いて事情に明らかならざる者有り」と。弟子問いて曰く、「何の謂いぞや」と。子石曰く、「昔者、呉王夫差、伍子胥の言を聴かず、忠を尽くし極めて諫めしも、目を抉られて辜せらる。太宰嚭・公孫雒は、偷かに合し苟くも容れられ、以て夫差の志に順いて呉を伐たしむ。二子は身を江湖に沈められ、頭は越の旗に懸けらる。昔者、費仲・惡來革・長鼻決耳、崇侯虎は紂の心に順い、意に合わんと欲せしも、武王紂を伐ちて、四子は身を牧野に死し、頭足所を異にす。比干は忠を尽くして心を剖かれて死す。今、事情を明らかにせんと欲すれば、目を抉られ心を剖かるるの禍い有らんことを恐れ、人心に合わんと欲すれば、頭足所を異にするの患い有らんことを恐る。是に由りて之を観れば、君子の道狭きのみ。誠に其の明主に逢わずんば、狭道の中、又将に危険閉塞して、従いて出づ可き無からんとす」と。
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呂氏春秋・貴直①賢主の貴ぶ所は士に如くは莫し。士を貴ぶ所以は、其の直言の為なり。言直なれば則ち枉れる者見ゆ。人主の患いは、枉れるを聞かんと欲して直言を惡む。是れ其の源を障ぎて其の水を欲するなり。水奚に自りてか至らん。是れ其の欲する所を賤しみて、其の惡む所を貴ぶなり。欲する所奚に自りてか來たらん。
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尚書・太甲下言の汝の心に逆らう有らば必ず諸を道に求め、言の汝の志に遜う有らば必ず諸を非道に求めよ。
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