宋名臣言行録 / 前集巻一・竇儀
太祖常晚坐崇政殿召學士儼對儼至屏樹間見之不進中使促不應上訝其乆不出笑曰竪儒以我燕服爾遽命袍帶儼遂趨出
新字:太祖常晩坐崇政殿召学士儼対儼至屏樹間見之不進中使促不応上訝其乆不出笑曰竪儒以我燕服爾遽命袍帯儼遂趨出
書き下し
太祖常て晚に崇政殿に坐し、學士儼を召して對せしむ。儼至りて屏樹の間に之を見、進まず。中使促すも應ぜず。上其の乆しく出でざるを訝しむ。笑いて曰く、竪儒、我が燕服なるを以てのみと。遽かに袍帶を命ず。儼遂に趨り出づ。
現代語訳
太祖がある晩、崇政殿に坐って、学士の竇儼を召して応対させようとした。竇儼は来て、屏風と木立の間から太祖を見たが、進まなかった。取次の使者が促しても応じない。太祖は、なかなか出てこないのを不審に思った。そして笑って言った。「あの堅い儒者め、私がくつろぎの服だからだな」。すぐに袍と帯を命じた。竇儼はそこで小走りに出てきた。
解説
五十字の小さな場面です。呼ばれた学士が、屏風の陰から見て進まない。促されても応じない。太祖は不審がったあと、自分で理由に気づきました。**あの堅い儒者め、私がくつろぎの服だからだな。**そして正装を命じます。臣下が礼を曲げなかったことと、君主がそれを笑って受け入れて自分の側を直したことが、両方この短さに入っています。叱られてもおかしくない場面が、そうならなかった記録です。
この章句が説くこと
竪儒我が燕服なるを以てのみ儼至りて屏樹の間に之を見進まず中使促すも応ぜず遽かに袍帯を命ず礼無言君臣
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