宋名臣言行録 / 前集巻一・竇儀
太祖下滁州世宗命儀籍其帑藏至數日太祖遣親吏取藏絹儀即白曰公初下城雖傾藏取之誰敢言者今既有籍即為官物非詔㫖不可得也後太祖屢對大臣稱儀有守欲以為相趙普忌其剛直乃引薛居正參知政事及儀卒太祖聞之驚嘆曰天何奪我竇儀之速耶
新字:太祖下滁州世宗命儀籍其帑蔵至数日太祖遣親吏取蔵絹儀即白曰公初下城雖傾蔵取之誰敢言者今既有籍即為官物非詔旨不可得也後太祖屢対大臣称儀有守欲以為相趙普忌其剛直乃引薛居正参知政事及儀卒太祖聞之驚嘆曰天何奪我竇儀之速耶
書き下し
太祖滁州を下す。世宗、儀に命じて其の帑藏を籍せしむ。數日に至り、太祖親吏を遣わして藏絹を取らしむ。儀即ち白して曰く、公初めて城を下す。傾藏して之を取ると雖も、誰か敢えて言う者あらん。今既に籍有り。即ち官物と為る。詔㫖に非ずんば得可からざるなりと。後、太祖屢々大臣に對して儀の守有るを稱し、以て相と為さんと欲す。趙普其の剛直を忌みて乃ち薛居正を引きて參知政事とす。儀の卒するに及び、太祖之を聞きて驚嘆して曰く、天何ぞ我が竇儀を奪うことの速やかなるやと。
現代語訳
太祖が滁州を落とした。世宗は竇儀に命じて、その倉の財を帳簿に付けさせた。数日たって、太祖は側近の役人を遣わして倉の絹を取らせようとした。竇儀はすぐに申し上げた。「公が城を落とされたばかりのときなら、倉を空にして取られても、誰があえて言う者がありましょう。しかしいまはすでに帳簿があります。すなわち官の物となりました。詔がなければ動かすことはできません」。後に太祖はたびたび大臣に向かって、竇儀には守るところがあると称え、宰相にしようとした。趙普はその剛直をきらい、薛居正を引き上げて参知政事とした。竇儀が亡くなると、太祖はそれを聞いて驚き嘆じた。「天はどうして、これほど早く私から竇儀を奪うのか」。
解説
帳簿に載った瞬間に物の性格が変わる、と言い切った条です。**落としたばかりなら誰も文句を言わなかった。しかしいまは帳簿がある、だから官の物だ。**同じ絹が数日で私物から公物に変わっています。曹彬が官の酒を渡さなかった条と、同じ線が引かれています。竇儀はこの剛直さゆえに趙普に嫌われ、宰相にはなれませんでした。太祖の嘆きが、この人の評価をそのまま伝えています。
この章句が説くこと
今既に籍有り即ち官物と為る詔旨に非ずんば得可からず公初めて城を下す傾蔵して之を取ると雖も誰か敢えて言う者あらん趙普其の剛直を忌む公私帳簿節度
関連する章句
-
説苑・說叢聖人の衣や體に便にして以て身を安んじ、其の食や腹に安んず。衣を適し食を節し、口目に聽かず。
-
説苑・雜言孔子曰く、「中人の情は、余り有れば則ち侈り、足らざれば則ち倹にし、禁無ければ則ち淫し、度無ければ則ち失し、欲を縦にすれば則ち敗る。飲食に量有り、衣服に節有り、宮室に度有り、畜聚に数有り、車器に限有るは、以て乱の源を防ぐなり。故に夫れ度量は明らかにせざる可からず、善言は聴かざる可からず」と。
-
葉隠・聞書第一大酒にて後れを取りたる人、数多(あまた)なり。別して残念の事なり。まず我が丈け分(たけぶん)をよく覚え、その上は飲まぬ様にありたきなり。そのうちにも、時により、酔い過す事あり。酒座(しゅざ)には就中(なかんずく)気をぬかさず、図(はか)らぬ事出来(しゅったい)ても間に合う様に、了簡(りょうけん)あるべき事なり。また酒宴は……
-
尚書・說命中寵を啓きて侮りを納るる無かれ、過ちを恥じて非を作す無かれ。
-
葉隠・聞書第一時により、人に用(よう)をいい、物をもらう事有り。それも度重(たびかさ)ならば、無心(むしん)になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいわぬように有りたきなり。
-
論語・述而篇子は釣りして綱せず、弋して宿を射ず。