宋名臣言行録 / 前集巻一・竇儀
王著既貶官内署闕人太祖謂范質等曰王著昨以酒失既貶官深嚴之地當選慎重之士以處之質等對以前朝學士惟竇儀清介謹厚然頃自翰林遷端明今又官為尚書難於復召上曰禁中非此人不可卿當諭朕意令勉赴所職即日再入翰林為學士
新字:王著既貶官内署闕人太祖謂范質等曰王著昨以酒失既貶官深厳之地当選慎重之士以処之質等対以前朝学士惟竇儀清介謹厚然頃自翰林遷端明今又官為尚書難於復召上曰禁中非此人不可卿当諭朕意令勉赴所職即日再入翰林為学士
書き下し
王著既に官を貶せられ、内署人を闕く。太祖、范質等に謂いて曰く、王著昨に酒失を以て既に官を貶せらる。深嚴の地、當に慎重の士を選びて以て之に處らしむべしと。質等對うるに、前朝の學士、惟だ竇儀のみ清介謹厚なり、然れども頃ろ翰林より端明に遷り、今又た官は尚書為り、復た召すに難しと以てす。上曰く、禁中は此の人に非ざれば不可なり。卿當に朕が意を諭し、勉めて職に赴かしむべしと。即日再び翰林に入りて學士と為る。
現代語訳
王著が官を下げられ、内廷の役所に人が欠けた。太祖は范質らに言った。「王著は先ごろ酒の失敗で官を下げられた。奥深く厳しい場所なのだから、慎重な人物を選んで置くべきだ」。范質らは答えた。「前王朝の学士では、ただ竇儀だけが清く節を守り慎み深い人です。しかし先ごろ翰林から端明殿学士に移り、いまは官が尚書ですから、あらためて召すのは難しいでしょう」。太祖は言った。「宮中はこの人でなければだめだ。卿は私の意を伝えて、努めて職に就くようにさせよ」。その日のうちに、ふたたび翰林に入って学士となった。
解説
昇進した人を、あえて前の職に呼び戻した条です。宰相たちは難色を示しました。すでに位が上がっているのだから、あらためて召すのは難しい、と。太祖の答えが一行です。**宮中は、この人でなければだめだ。**位の序列より、その場所に誰を置くかを優先しました。竇儀もその日のうちに戻っています。人事を格で回すか、場所で回すかの分かれ目が出た一条です。
この章句が説くこと
禁中は此の人に非ざれば不可なり深厳の地当に慎重の士を選びて以て之に処らしむべし頃ろ翰林より端明に遷り今又た官は尚書為り復た召すに難し人事適所序列
関連する章句
-
尉繚子・十二陵悔いは疑わしきを任ずるに在り。
-
論語・顔淵篇樊遅、仁を問う。子曰く、「人を愛す。」知を問う。子曰く、「人を知る。」樊遅未だ達せず。子曰く、「直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ。」樊遅退きて、子夏を見て曰く、「郷に吾夫子に見えて知を問う。子曰く、『直きを挙げて諸を枉れるに錯けば、能く枉れる者をして直からしむ』と。何の謂いぞや。」子夏曰く、「富めるかな言や。舜、天下を有ちて、衆に選びて皋陶を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。湯、天下を有ちて、衆に選びて伊尹を挙ぐ。不仁者遠ざかれり。」
-
論語・公冶長篇孟武伯問う、「子路は仁なりや。」子曰く、「知らざるなり。」又問う。子曰く、「由や、千乗の国、其の賦を治めしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「求や何如。」子曰く、「求や、千室の邑、百乗の家、之が宰たらしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」「赤や何如。」子曰く、「赤や、束帯して朝に立ち、賓客と言わしむ可きなり。其の仁を知らざるなり。」
-
論語・為政篇哀公問いて曰く、「何を為さば則ち民服せん。」孔子対えて曰く、「直きを挙げて諸(これ)を枉れるに錯(お)かば、則ち民服せん。枉れるを挙げて諸を直きに錯かば、則ち民服せず。」
-
尚書・說命中惟れ治乱は庶官に在り。官は私昵に及ぼさず、惟れ其の能のみ。爵は悪徳に及ぼす罔く、惟れ其の賢のみ。
-
論語・子路篇仲弓、季氏の宰と為り、政を問う。子曰く、「有司を先にす。小過を赦す。賢才を挙ぐ。」曰く、「焉んぞ賢才を知りて之を挙げん。」曰く、「爾の知る所を挙げよ。爾の知らざる所は、人其れ諸を舎てんや。」