宋名臣言行録 / 前集巻一・曹彬
以功拜樞宻使王在宥宻常公服危坐如對君父接小吏亦以禮未嘗以名呼歸私第唯閉閤宴居不妄通賔客五鼓纔動巳待漏于禁門矣雖雪霜不易其操如此者八年
新字:以功拝枢宻使王在宥宻常公服危坐如対君父接小吏亦以礼未嘗以名呼帰私第唯閉閤宴居不妄通賔客五鼓纔動巳待漏于禁門矣雖雪霜不易其操如此者八年
書き下し
功を以て樞宻使に拜せらる。王、宥宻に在り、常に公服して危坐すること君父に對するが如し。小吏に接するにも亦た禮を以てし、未だ嘗て名を以て呼ばず。私第に歸れば唯だ閤を閉じて宴居し、妄りに賔客を通ぜず。五鼓纔かに動けば、巳に禁門に待漏す。雪霜と雖も其の操を易えず。此くの如き者八年。
現代語訳
功によって枢密使に任じられた。王は枢密院にあって、常に正装して背筋を伸ばして坐り、君父に向かうかのようであった。下級の役人に接するにも礼をもってし、名を呼び捨てにしたことがなかった。私邸に帰ると門を閉じて静かに過ごし、みだりに客を通さなかった。五更の太鼓が鳴りはじめると、もう宮門で開門を待っていた。雪や霜の日でもその身の持し方を変えなかった。こういうことが八年続いた。
解説
最高位に就いてからの日常を並べた条です。正装して背筋を伸ばし、下級の役人にも名を呼び捨てにしない。家では門を閉じて客を通さない。夜明け前の太鼓で宮門に立っている。**雪や霜の日も変えず、それが八年続いた。**一つひとつは小さなことばかりですが、この書はこういう並べ方で人物を示します。何をしたかではなく、何を八年変えなかったかで測る書き方です。
この章句が説くこと
小吏に接するにも亦た礼を以てし未だ嘗て名を以て呼ばず五鼓纔かに動けば巳に禁門に待漏す雪霜と雖も其の操を易えず此くの如き者八年習慣継続礼
関連する章句
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