宋名臣言行録 / 前集巻一・曹彬
仁贍自劒南獨先歸闕乞見厯數王全斌等貪縱之狀太祖笑謂曰納李廷珪女擅開豐徳庫取金寳此又誰耶仁贍惶怖叩伏待罪曰此行清介畏慎止有曹彬一人爾
新字:仁贍自劒南独先帰闕乞見厯数王全斌等貪縦之状太祖笑謂曰納李廷珪女擅開豊徳庫取金寳此又誰耶仁贍惶怖叩伏待罪曰此行清介畏慎止有曹彬一人爾
書き下し
仁贍、劒南より獨り先に闕に歸り、見えんことを乞う。厯く王全斌等の貪縱の狀を數う。太祖笑いて謂いて曰く、李廷珪の女を納れ、擅に豐徳庫を開きて金寶を取るは、此れ又た誰ぞやと。仁贍惶怖し、叩伏して罪を待ちて曰く、此の行、清介畏慎なるは止だ曹彬一人のみと。
現代語訳
王仁贍は剣南から一人だけ先に都へ帰り、拝謁を願い出た。そして王全斌らの貪欲で放縦なさまを一つ一つ数え上げた。太祖は笑って言った。「李廷珪の娘を側に入れ、勝手に豊徳庫を開いて金銀財宝を取ったのは、これはまた誰のことか」。仁贍は恐れおののき、地に伏して処分を待ちながら言った。「今度の行軍で、清く節を守り慎み深かったのは、ただ曹彬一人だけでございます」。
解説
前の条で引かれた場面を、正面から書いた条です。他人の不正を並べ立てて自分だけ逃れようとした男に、太祖は笑って一行を返します。**それをやったのは、また誰のことか。**自分の名も挙がっていると分かった瞬間、仁贍は地に伏し、そこで初めて曹彬の名を出しました。褒め言葉が出たのは、追い詰められた告発者の口からでした。人の評判が最も強く立つ場面を、この書はよくこういう形で拾います。
この章句が説くこと
李廷珪の女を納れ擅に豊徳庫を開きて金宝を取るは此れ又た誰ぞや厯く王全斌等の貪縦の状を数う此の行清介畏慎なるは止だ曹彬一人のみ告発自己弁護評判
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻一・曹彬大いに舉げて蜀を伐つ。王を以て都監と為す。時に諸將皆な城を屠り降を殺して以て威暴を逞しくせんと欲す。唯だ王のみ禁戢の令を申べ、勸賞の法を明らかにす。是に繇りて破竹の勢いに乘じ、刃に血ぬらずして峽中の郡縣悉く下る。兩川平らぐ。王、諸將と成都に㑹す。大將王全斌等、日夕酒を縱にして軍事を恤まず。部下の列校皆な求取して厭くこと無し。蜀人之に苦しむ。王屢々全斌に勸めて、宜しく速やかに旅を振いて凱旋すべしと。全斌等逗留して發せず。卒に全師雄等をして亂を作さしめ、郡縣相い應じ、盜賊蠭起す。王、崔彦進と力を悉くして之を剪平す。全斌等の闕に歸るに洎び、太祖盡く全斌等の為す所の事狀を得たり。又た面のあたり王仁贍を詰る。仁贍厯く諸將の奢縱不法の事を詆り、冀くは以て自ら解かんとす。止だ言う、清慎亷恪なるは惟だ曹彬一人のみと。太祖怒り、全斌等を並びに吏に下して議せしむ。即日、王に宣徽南院使を授け、義成節度使に充つ。王獨り懇請して曰く、蜀を收むるの將校皆な罪を得たり。臣、功無きを以て獨り厚賞を䝉る。恐らくは以て天下に勸むる無からんと。太祖笑いて曰く、卿は茂功有り、加うるに伐らず。設い㣲累有らんに、仁贍肯えて言を惜しまんや。夫れ惡を懲らし善を勸むるは、臣子を勵ます所以なりと。王敢えて辭せず。
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