宋名臣言行録 / 前集巻一・曹彬
大舉伐蜀以王為都監時諸將皆欲屠城殺降以逞威暴唯王申禁戢之令明勸賞之法繇是乘破竹之勢不血刃而峽中郡縣悉下兩川平王與諸將㑹成都大將王全斌等日夕縱酒不恤軍事部下列校皆求取無厭蜀人苦之王屢勸全斌宜速振旅凱旋全斌等逗留不發卒致全師雄等作亂郡縣相應盜賊蠭起王與崔彦進悉力剪平之洎全斌等歸闕太祖盡得全斌等所為事狀又面詰王仁贍仁贍厯詆諸將奢縱不法事冀以自解止言清慎亷恪惟曹彬一人耳太祖怒全斌等並下吏議即日授王宣徽南院使充義成節度使王獨懇請曰收蜀將校皆得罪臣以無功獨䝉厚賞恐無以勸天下太祖笑曰卿有茂功加以不伐設有㣲累仁贍肯惜言哉夫懲惡勸善所以勵臣子也王不敢辭
新字:大舉伐蜀以王為都監時諸将皆欲屠城殺降以逞威暴唯王申禁戢之令明勧賞之法繇是乗破竹之勢不血刃而峡中郡県悉下両川平王与諸将会成都大将王全斌等日夕縦酒不恤軍事部下列校皆求取無厭蜀人苦之王屡勧全斌宜速振旅凱旋全斌等逗留不発卒致全師雄等作乱郡県相応盗賊蠭起王与崔彦進悉力剪平之洎全斌等帰闕太祖尽得全斌等所為事状又面詰王仁贍仁贍歴詆諸将奢縦不法事冀以自解止言清慎廉恪惟曹彬一人耳太祖怒全斌等並下吏議即日授王宣徽南院使充義成節度使王独懇請曰収蜀将校皆得罪臣以無功独䝉厚賞恐無以勧天下太祖笑曰卿有茂功加以不伐設有微累仁贍肯惜言哉夫懲悪勧善所以励臣子也王不敢辞
書き下し
大いに舉げて蜀を伐つ。王を以て都監と為す。時に諸將皆な城を屠り降を殺して以て威暴を逞しくせんと欲す。唯だ王のみ禁戢の令を申べ、勸賞の法を明らかにす。是に繇りて破竹の勢いに乘じ、刃に血ぬらずして峽中の郡縣悉く下る。兩川平らぐ。王、諸將と成都に㑹す。大將王全斌等、日夕酒を縱にして軍事を恤まず。部下の列校皆な求取して厭くこと無し。蜀人之に苦しむ。王屢々全斌に勸めて、宜しく速やかに旅を振いて凱旋すべしと。全斌等逗留して發せず。卒に全師雄等をして亂を作さしめ、郡縣相い應じ、盜賊蠭起す。王、崔彦進と力を悉くして之を剪平す。全斌等の闕に歸るに洎び、太祖盡く全斌等の為す所の事狀を得たり。又た面のあたり王仁贍を詰る。仁贍厯く諸將の奢縱不法の事を詆り、冀くは以て自ら解かんとす。止だ言う、清慎亷恪なるは惟だ曹彬一人のみと。太祖怒り、全斌等を並びに吏に下して議せしむ。即日、王に宣徽南院使を授け、義成節度使に充つ。王獨り懇請して曰く、蜀を收むるの將校皆な罪を得たり。臣、功無きを以て獨り厚賞を䝉る。恐らくは以て天下に勸むる無からんと。太祖笑いて曰く、卿は茂功有り、加うるに伐らず。設い㣲累有らんに、仁贍肯えて言を惜しまんや。夫れ惡を懲らし善を勸むるは、臣子を勵ます所以なりと。王敢えて辭せず。
現代語訳
大軍を挙げて蜀を伐つとき、王(曹彬)を都監とした。当時、諸将はみな城を屠り降伏した者を殺して威を振るおうとした。ただ王だけが禁止の令を重ねて示し、褒賞の法を明らかにした。そのため破竹の勢いに乗り、刃に血を塗らずして峡中の郡県はことごとく降った。両川が平定された。王は諸将と成都で会した。大将の王全斌らは朝晩酒に耽って軍務を顧みず、その部下の将校たちはいくら取っても飽きることがなかった。蜀の人々はこれに苦しんだ。王はたびたび全斌に、早く軍をまとめて凱旋すべきだと勧めた。全斌らはとどまって出発しなかった。ついに全師雄らが乱を起こし、郡県が呼応し、盗賊が蜂のように湧いた。王は崔彦進とともに力を尽くしてこれを平らげた。全斌らが都に帰ると、太祖は全斌らのしたことをすべて把握していた。さらに王仁贍を面と向かって問い詰めた。仁贍は諸将の奢りと不法をつぎつぎに並べ立て、それで自分は言い逃れようとした。ただ「清く慎み深く廉潔なのは曹彬ただ一人です」とだけ言った。太祖は怒り、全斌らをそろって役人に下して処分を議させた。その日のうちに王に宣徽南院使を授け、義成節度使に充てた。王は一人だけ願い出て言った。「蜀を収めた将校はみな罪を得ました。臣は功も無いのに一人だけ厚い賞をこうむります。これでは天下に励みを与えることにならないのではないでしょうか」。太祖は笑って言った。「卿には大きな功があり、そのうえ誇らない。かりに少しでも落ち度があったなら、仁贍が言葉を惜しんだだろうか。悪を懲らし善を勧めるのは、臣下を励ますためのものだ」。王はそれ以上辞退しなかった。
解説
この章句が説くこと
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