宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太祖忽幸普第時兩浙錢俶方遣使致書及海物十瓶於普置在左廡下㑹車駕至倉卒出迎不及屏也上顧見問何物普以實對上曰此海物必佳即命啟之皆滿貯□子金也普惶恐頓首謝曰臣未發書實不知若知之當奏聞而却之上笑曰取之無慮彼謂國家事皆由汝書生耳因命普謝而受之
新字:太祖忽幸普第時両浙銭俶方遣使致書及海物十瓶於普置在左廡下会車駕至倉卒出迎不及屏也上顧見問何物普以実対上曰此海物必佳即命啓之皆満貯□子金也普惶恐頓首謝曰臣未発書実不知若知之当奏聞而却之上笑曰取之無慮彼謂国家事皆由汝書生耳因命普謝而受之
書き下し
太祖忽ち普の第に幸す。時に兩浙の錢俶、方に使いを遣わして書及び海物十瓶を普に致す。左廡の下に置く。㑹々車駕至り、倉卒に出で迎え、屏くるに及ばず。上顧み見て何物ぞと問う。普實を以て對う。上曰く、此の海物必ず佳ならんと。即ち命じて之を啟かしむるに、皆な滿たすに□子の金を貯う。普惶恐頓首して謝して曰く、臣未だ書を發かず、實に知らず。若し之を知らば、當に奏聞して之を却くべしと。上笑いて曰く、之を取るに慮る無かれ。彼れ國家の事は皆な汝書生に由ると謂うのみと。因りて普に命じて謝して之を受けしむ。
現代語訳
太祖が突然、趙普の屋敷に行幸した。ちょうど呉越の銭俶が使者を遣わして、書状と海産物十瓶を趙普に届けたところだった。それを西の廊下の下に置いてあった。おりしも御車が着き、あわてて出迎えて片づける暇がなかった。太祖は見咎めて「あれは何か」と問うた。趙普はありのままに答えた。太祖は「その海産物はきっと上等だろう」と言い、開けさせてみると、どれも□子の形をした金がいっぱいに詰まっていた。趙普は恐れ入って頭を下げて詫びた。「臣はまだ書状を開いておらず、まことに存じませんでした。知っていれば奏上して退けたはずです」。太祖は笑って言った。「取っておけ、案ずるな。あちらは国家のことがみなおまえたち書生の手で決まると思っているだけだ」。そこで趙普に命じて、礼を言って受け取らせた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『呻吟語』外篇・治道・位以て其の惡を濟す政を為す者は、行ふを得れば即ち行ふの謂に非ず、行ふ可きに從ひて則ち行ふのみ。行ふを得るの勢ひ有りて、行ふ可きの理に昧ければ、是れ位以て其の惡を濟すなり。君子は之を賊と謂ふ。
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『韓非子』外儲説右上第三十四其の下翎を断てば、則ち必ず人を恃みて食ふ、焉んぞ馴れざるを得んや。夫れ明主の臣を畜ふも亦然り、
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『政談』江戶町中並に武家屋敷の締りの事されども夫れよりは上の御政務の筋も移り行き、奉行にも勘解由如き人抦少なく、物ごとに審かに念を入る風になる故、右の如き少なき人数にては、江戸中には引張り足らぬなり、其の上和漢の古法に考ふるに、盗賊悪人を搦め取るは衛士の役なり、当時の与力同心是なり、されども衛士の方にて刑罰を執行ふと云ふことは、和漢の古制に之なきことなり、仔細は刑罰の権その手にありと見れば、賄賂を出して罪を免かれんとすること民の常の情なり、故に衛士は搦らめ取るばかりを役にして、之れを外の刑罰を掌どる役人に渡して、其の役人の方にて咎を糺し殺しも赦しもする事なり、然かるに当時盗賊奉行の方にて、刑罰をすること是れ元来の仕方古法に違ひたるなり、其の上江戸中の武家町方に隠れ居る悪人を知るべきやうなきゆゑ、目あかしとやらん云ふやうなる悪人を囲ひ置きて、夫れにさゝせて御奉公をするより外の仕かたなし、其さし口をするもの元来悪人なれば、さま〳〵の悪事をすること是れ亦兼て能く知れたる筋なれども、元来の仕方行届かざるを改めずして、役儀を仰せ付らるゝ故、御役儀をうけ玉はる人も仕方に困りて斯の如し、
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『韓非子』難勢第四十堯も匹夫為らば、三人を治むること能わじ、而して桀天子為れば、能く天下を亂る。吾此を以て勢位の恃むに足り、而して賢智の慕うに足らざるを知るなり。
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『学問のすゝめ』五編・明治七年一月一日の詞・国は政府の私有にして人民は国の食客たるがごとしそもそもわが国の人民に気力なきその原因を尋ぬるに、数千百年の古より全国の権柄を政府の一手に握り、武備・文学より工業・商売に至るまで、人間些末の事務といえども政府の関わらざるものなく、人民はただ政府の嗾するところに向かいて奔走するのみ。あたかも国は政府の私有にして、人民は国の食客たるがごとし。すでに無宿の食客となりてわずかにこの国中に寄食するを得るものなれば、国を視ること逆旅のごとく、かつて深切の意を尽くすことなく、またその気力を見わすべき機会をも得ずして、ついに全国の気風を養いなしたるなり。
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『墨子』魯問魯陽文君、将に鄭を攻めんとす。子墨子、聞きて之を止め、陽文君に謂いて曰く、「今、魯の四境の内をして、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、其の民を殺し、人、其の牛馬狗豕布帛米粟貨財を取らしめば、則ち何若」と。魯陽文君曰く、「魯の四境の内は、皆な寡人の臣なり。今、大都、其の小都を攻め、大家、其の小家を伐ち、之が貨財を奪わば、則ち寡人、必ず将に厚く之を罰せんとす」と。子墨子曰く、「夫れ天の兼ねて天下を有つや、亦た猶お君の四境の内を有つがごときなり。今、兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとす。天の誅、其れ至らざらんや」と。魯陽文君曰く、「先生、我が鄭を攻むるを止むるか。我が鄭を攻むるは天の志に順う。鄭人、三世、其の父を殺す。天、誅を加えて、三年、登らざらしむ。我れ将に天の誅を助けんとす」と。子墨子曰く、「鄭人、三世、其の父を殺して、天、誅を加え、三年、登らざらしむ。天の誅、足れり。今、又た兵を舉げて将に以て鄭を攻めんとして、曰く、『吾が鄭を攻むるや、天の志に順う』と。譬えば人、此に有り。其の子、强梁にして不材なり。故に其の父、之を笞つ。其の鄰家の父、木を舉げて之を擊ちて曰く、『吾れ之を擊つや、其の父の志に順う』と。則ち豈に悖らざらんや」と。

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