宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太祖豁達既得天下普屢以㣲時所不足者言之欲潛加害上曰不可若塵埃中總教識天子宰相則人皆去尋也自後普不復敢言
新字:太祖豁達既得天下普屢以㣲時所不足者言之欲潜加害上曰不可若塵埃中総教識天子宰相則人皆去尋也自後普不復敢言
書き下し
太祖豁達なり。既に天下を得、普屢々㣲時に足らざる所の者を以て之を言い、潛かに害を加えんと欲す。上曰く、不可なり。若し塵埃の中、總て天子・宰相を識らしめば、則ち人皆な去きて尋ねんと。自後、普復た敢えて言わず。
現代語訳
太祖は度量の大きな人であった。天下を得たあと、趙普はしばしば、微賎であったころに自分たちを軽んじた者のことを持ち出し、ひそかに害を加えようとした。太祖は言った。「いけない。もし塵の中にいるうちから、みなが天子や宰相になる人を見分けられるのだったら、誰もが探しに行くことになるではないか」。それから趙普は二度と言い出さなかった。
解説
出世した側が昔の恨みを晴らそうとしたのを、太祖が一行で止めた話です。**塵の中にいるうちから天子や宰相になる人が見分けられるなら、誰もが探しに行っている。**見抜けなかったのは当然だ、という理屈で、恨みの前提そのものを外しました。叱ってもいなければ、相手を庇うとも言っていません。趙普はそれきり口にしなくなります。前の条で「陰険で刻薄」と評された人の、その一面が出た場面でもあります。
この章句が説くこと
若し塵埃の中総て天子宰相を識らしめば則ち人皆な去きて尋ねん㣲時に足らざる所の者を以て之を言い潜かに害を加えんと欲す自後普復た敢えて言わず恨み出世寛容
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