宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
太祖一日以幽燕地圖示中令問所取幽燕之䇿中令曰圖必出曹翰帝曰然又曰翰可取否中令曰翰可取孰可守帝曰以翰守之中令曰翰死孰可代帝不語乆之曰卿可謂逺慮矣帝自此絶口不言伐燕至太宗因平河東乘勝欲搗燕薊時中令鎮鄧州上疏力諌其憂國愛民之深言出乎文章之外雖雜陸宣公論事中不辨也
新字:太祖一日以幽燕地図示中令問所取幽燕之策中令曰図必出曹翰帝曰然又曰翰可取否中令曰翰可取孰可守帝曰以翰守之中令曰翰死孰可代帝不語乆之曰卿可謂遠慮矣帝自此絶口不言伐燕至太宗因平河東乗勝欲搗燕薊時中令鎮鄧州上疏力諌其憂国愛民之深言出乎文章之外雖雑陸宣公論事中不弁也
書き下し
太祖一日、幽燕の地圖を以て中令に示し、幽燕を取るの䇿を問う。中令曰く、圖は必ず曹翰より出でん。帝曰く、然り。又た曰く、翰取る可きか。中令曰く、翰取る可きも、孰か守る可き。帝曰く、翰を以て之を守らしめん。中令曰く、翰死せば孰か代わる可き。帝語らず。乆しくして曰く、卿は逺慮と謂う可しと。帝此れより絶えて燕を伐つを言わず。太宗に至り、河東を平らぐるに因り、勝ちに乘じて燕薊を搗かんと欲す。時に中令鄧州に鎮す。上疏して力めて諌む。其の國を憂え民を愛するの深き、言は文章の外に出づ。陸宣公の論事に雜うと雖も、中に辨ぜざるなり。
現代語訳
太祖はある日、幽州・燕州の地図を中書令(趙普)に示し、幽燕を取る策を問うた。中令は言った。「その図はきっと曹翰から出たものでしょう」。帝は「そのとおりだ」と言った。また尋ねた。「曹翰なら取れるか」。中令は言った。「取れるでしょう。ですが誰が守れますか」。帝は「曹翰に守らせよう」と言った。中令は言った。「曹翰が死んだら、誰が代われますか」。帝は答えなかった。しばらくして言った。「卿は遠くまで慮ると言ってよい」。帝はこれ以後、燕を伐つことを口にしなくなった。太宗の代になり、河東を平らげた勢いに乗って燕と薊を突こうとした。そのとき中令は鄧州に鎮していた。上疏して力を尽くして諌めた。国を憂え民を愛する心の深さは、文章の外にまで出ている。陸宣公の議論に混ぜてみても、その中で見分けがつかないほどである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普太祖、符彦卿をして兵を典らしめんと欲す。韓王屢々諌めて、彦卿の名位已に盛んなれば、復た委ぬるに兵柄を以てす可からずと以為えり。上聴かず。宣已に出づ。韓王復た之を懐にして見えんことを請う。上曰く、卿苦だ彦卿を疑うは何ぞや。朕、彦卿を待つこと至って厚し。彦卿能く朕に負かんや。王曰く、陛下何を以て能く周の世宗に負けるやと。上黙然として遂に中止す。
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普太祖即位の初め、數々㣲行して以て人情を偵伺す。或いは功臣の家を過ぐること測る可からず。普、退朝する毎に敢えて衣冠を脱がず。一日大雪、夜に向かう。普、帝復た出でざらんと謂う。乆しくして叩門の聲を聞く。普亟かに出づれば、帝風雪の中に立つ。普惶懼して迎え拜す。帝曰く、巳に晉王と約せりと。已にして太宗至る。共に普の堂中に於て重䄄を設け、地に坐し、炭を熾んにして肉を燒く。普の妻酒を行る。帝、嫂を以て之を呼ぶ。普從容として問いて曰く、夜乆しく寒甚だし。陛下何を以て出づるや。帝曰く、吾れ睡りて著く能わず。一榻の外は皆な它人の家なればなり。故に來りて卿を見ると。普曰く、陛下天下を小とするや。南征北伐、今其の時なり。願わくは成算の向かう所を聞かん。帝曰く、吾れ太原を下さんと欲すと。普黙然たること乆しくして曰く、臣の知る所に非ざるなりと。帝其の故を問う。普曰く、太原は西北二邉に當たる。一舉して之を下さしめば、則ち二邉の患い、我れ獨り之に當たらん。何ぞ姑く留めて、以て諸國を削平するを俟たざる。則ち彈丸黒子の地、將に逃るる所無からんとす。帝笑いて曰く、吾が意正に此くの如し。特だ卿を試みるのみと。遂に江南を下すの議を定む。帝曰く、王全斌蜀を平らげて人を殺すこと多し。吾れ今之を思うに猶お耿耿たり。用う可からざるなりと。普是に於て曹彬を薦めて將と為し、潘美を以て之に副えしむ。
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普普嘗て某人を除して某官と為さんと欲す。太祖の意に合わず、用いられず。明日復た之を奏す。又た用いられず。明日又た之を奏す。上怒りて其の奏を取り、壊裂して地に投ず。普顔色自若たり。徐ろに奏を拾いて歸り、補綴す。明日復た之を進む。上乃ち悟りて之を用う。後果たして稱職す。
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普太祖嘗て普と事を議して合わず。曰く、安くんぞ宰相の桑維翰の如き者を得て之と謀らんやと。普對えて曰く、維翰をして在らしむるも、陛下も亦た用いざらん。葢し維翰は錢を愛すればなりと。上曰く、茍くも其の長を用うれば、亦た當に其の短を䕶すべし。措大は眼孔小さし。賜與すること十萬貫あらば、屋子を塞破せんと。
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『宋名臣言行録』前集巻一・趙普太祖豁達なり。既に天下を得、普屢々㣲時に足らざる所の者を以て之を言い、潛かに害を加えんと欲す。上曰く、不可なり。若し塵埃の中、總て天子・宰相を識らしめば、則ち人皆な去きて尋ねんと。自後、普復た敢えて言わず。
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『宋名臣言行録』前集巻四・冦凖天子北巡して澶州に至る。敵騎已に魏府を過ぐ。上疑いて河を渡らんと欲せず、南澶州に駐まる。凖、上に北渡して以て衆心を固くし、敵をして勝ちに乘ずるを得しむる毋からんことを勸む。上猶豫して未だ決せず。時に陳堯叟、上に蜀に避けんことを勸む。王欽若、上に金陵に避けんことを勸む。上以て凖に問う。凖曰く、誰か陛下の為に此の計を畫く者ぞと。上曰く、顧みて畫く所何如を問うのみ。其の名を問う毋かれと。凖曰く、臣姑く之を知らんと欲す。先ず此の曹を斬りて以て天下に令せんと。且つ先帝、都を建てて五十年に埀んとす。天下の財用・兵甲、京師に聚まる。宗廟社稷の寄する所なり。不幸にして事有らば、陛下當に臣等と死を以て之を守るべし。今、一旦棄て去らば、復た陛下の有する所に非ず。若し盗賊縁に因りて起こらば、陛下當に何くにか歸すべきやと。上喟然たり。