宋名臣言行録 / 前集巻一・趙普
普為滁州判官太祖與語竒之㑹獲盜百餘人將就死普意其有寃啟太祖更訊之所全活十七八
新字:普為滁州判官太祖与語奇之会獲盗百余人将就死普意其有冤啟太祖更訊之所全活十七八
書き下し
普、滁州の判官為り。太祖與に語りて之を竒とす。㑹々盜百餘人を獲て將に死に就かんとす。普其の寃有るを意い、太祖に啟して更に之を訊さしむ。全活する所十七八なり。
現代語訳
趙普が滁州の判官であったとき、太祖は語り合って彼を非凡だと見た。ちょうど百人あまりの盗賊が捕らえられ、処刑されようとしていた。趙普はその中に無実の者がいると思い、太祖に申し出て取り調べ直させた。助かった者は十人のうち七、八人だった。
解説
『宋名臣言行録』の巻頭に置かれた、趙普(九二二〜九九二)の最初の一条です。宋の初代宰相で、太祖・太宗の二代に仕えました。まだ地方の判官にすぎなかったころの話で、**百人あまりがまとめて処刑されようとしているのを、無実の者がいるはずだと見て、取り調べ直させた。**十人のうち七、八人が助かっています。人物評でも功績でもなく「決まりかけた処分を一度止めた」という一件から書き起こすところに、この書の編み方が出ています。范鎮の『蒙求』による、と注があります。
この章句が説くこと
其の冤有るを意い太祖に啟して更に之を訊さしむ全活する所十七八盗百余人を獲て将に死に就かんとす疑い再考冤罪
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