甲陽軍鑑 / 品第四十三
第三に國持大將のつよ過たるも色こそかはり候へ、右二ケ條の無案內に同前なる子細は、卒爾のはたらきをもつて、よき家老は盡くうしなひ、其家生れかはりの無案內者どもおほうして、よろづ僉議區々なれば、備へ違ひて其大將終にはほろび給ふべきなり、いづれの道にても勝利を失ひ、國郡を敵にとられては、よはくしてかすめらるゝも、つようしてほろぶるもひとつ道理なり、それがし死後に、此儀勝賴公へよく〳〵いさめ御申上なさるべきなり長坂長閑老跡部大炊助殿參△武田信玄公御家老軍法工夫之衆侍大將に八人、
新字:第三に国持大将のつよ過たるも色こそかはり候へ、右二ケ条の無案内に同前なる子細は、卒爾のはたらきをもつて、よき家老は尽くうしなひ、其家生れかはりの無案内者どもおほうして、よろづ僉議区々なれば、備へ違ひて其大将終にはほろび給ふべきなり、いづれの道にても勝利を失ひ、国郡を敵にとられては、よはくしてかすめらるゝも、つようしてほろぶるもひとつ道理なり、それがし死後に、此儀勝頼公へよく〳〵いさめ御申上なさるべきなり長坂長閑老跡部大炊助殿参△武田信玄公御家老軍法工夫之衆侍大将に八人、
書き下し
第三に国持大将のつよ過たるも色こそかはり候へ、右二ケ条の無案内に同前なる子細は、卒爾のはたらきをもつて、よき家老は尽くうしなひ、其家生れかはりの無案内者どもおほうして、よろづ僉議区々なれば、備へ違ひて其大将終にはほろび給ふべきなり、いづれの道にても勝利を失ひ、国郡を敵にとられては、よはくしてかすめらるゝも、つようしてほろぶるもひとつ道理なり、それがし死後に、此儀勝頼公へよく〳〵いさめ御申上なさるべきなり長坂長閑老跡部大炊助殿参△武田信玄公御家老軍法工夫之衆侍大将に八人、
現代語訳
第三に、国持ちの大将が強すぎたるも、色こそ変われ、右の二か条の無案内に同前なる子細は、卒爾の働きをもって、よき家老はことごとく失い、その家は生まれ替わりの無案内者どもが多くして、万づの僉議が区々であれば、備えが違って、その大将はついに滅び給うはずである。いずれの道にても勝利を失い、国郡を敵に取られては、弱くして掠められるのも、強くして滅びるのも、ひとつの道理である。それがし死後に、この儀を勝頼公へよくよく諫め、御申し上げなさるべきである。長坂長閑老、跡部大炊助殿参る。
解説
この章句が説くこと
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『墨子』耕柱子墨子、魯陽文君に謂いて曰く、「大國の小國を攻むるは、譬うれば猶お童子の馬を為すがごときなり。童子の馬を為すや、足、用いて勞る。今、大國の小國を攻むるや、攻めらるる者は農夫、耕すを得ず、婦人、織るを得ず、守るを以て事と為す。人を攻むる者も亦た農夫、耕すを得ず、婦人、織るを得ず、攻むるを以て事と為す。故に大國の小國を攻むるは、譬うれば猶お童子の馬を為すがごときなり」と。
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『墨子』魯問齊、将に魯を伐たんとす。子墨子、項子牛に謂いて曰く、「魯を伐つは、齊の大過なり。昔者、吳王、東のかた越を伐ち、諸を㑹稽に棲ましめ、西のかた楚を伐ち、昭王を隨に葆れしめ、北のかた齊を伐ち、國の太子を取りて以て吳に歸る。諸侯、其の讐に報い、百姓、其の勞に苦しみて為に用いられず。是を以て國は虚戾と為り、身は刑戮と為るなり。昔者、智伯、范氏と中行氏とを伐ち、三晉の地を兼ぬ。諸侯、其の讐に報い、百姓、其の勞に苦しみて為に用いられず。是を以て國は虚戾と為り、身は刑戮と為る。是を用うればなり。故に大國の小國を攻むるや、是れ交ごも相い賊するなり。過ちは必ず國に反る」と。