墨子 / 耕柱
子墨子謂魯陽文君曰:「大國之攻小國,譬猶童子之為馬也。童子之為馬,足用而勞。今大國之攻小國也,攻者農夫不得耕,婦人不得織,以守為事;攻人者亦農夫不得耕,婦人不得織,以攻為事。故大國之攻小國也,譬猶童子之為馬也。」
新字:子墨子謂魯陽文君曰:「大国之攻小国,譬猶童子之為馬也。童子之為馬,足用而労。今大国之攻小国也,攻者農夫不得耕,婦人不得織,以守為事;攻人者亦農夫不得耕,婦人不得織,以攻為事。故大国之攻小国也,譬猶童子之為馬也。」
書き下し
子墨子、魯陽文君に謂いて曰く、「大國の小國を攻むるは、譬うれば猶お童子の馬を為すがごときなり。童子の馬を為すや、足、用いて勞る。今、大國の小國を攻むるや、攻めらるる者は農夫、耕すを得ず、婦人、織るを得ず、守るを以て事と為す。人を攻むる者も亦た農夫、耕すを得ず、婦人、織るを得ず、攻むるを以て事と為す。故に大國の小國を攻むるは、譬うれば猶お童子の馬を為すがごときなり」と。
現代語訳
墨子が魯陽文君に言った。「大国が小国を攻めるのは、たとえば子どもが馬のまねをするようなものです。子どもが馬のまねをすれば、足を使って疲れるだけです。いま大国が小国を攻めれば、攻められた側は農夫が耕せず、女が織れず、守ることが仕事になる。攻める側もまた農夫が耕せず、女が織れず、攻めることが仕事になる。だから大国が小国を攻めるのは、子どもの馬ごっこのようなものです」。
解説
戦争を、勝敗ではなく双方の生産の停止として数えます。攻める側も守る側も、農作業と機織りが止まる。子どもが馬のまねをして疲れるだけ、というたとえは、得るもののない消耗を的確に言い当てています。争いの費用を、双方の失われた時間で見積もるという考え方です。
この章句が説くこと
非攻消耗生産戦争費用
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