甲陽軍鑑 / 品第四十三
此樣子色々なり一第一に大將よくして家老功もなく、武道無案内に然かも無心がけにてこれある家中には、忠節·忠功の侍を家老衆そねむ故、臆病にて輕薄なる者おほく繁昌してよき武士の繁昌十人の中一二人ありて其備へ違ふ物なり、然れ共大將よければ少身なる侍を取たて大身に被成、名をとらする儀は悉皆唐國はよき大將衆の大公望諸葛孔明などゝ云ふ者を在郷より引出すと同前也、第二に家老よくして大將のぶあんないなるは、月見·花見·遊山·藝能にふけり、結句鈍にかへるなれば、作法もしらず置者あしき人を取たて、崇敬有てよき家老を殺し追失なふ物なり、其ごとくなる大將は、人罰にて終に牢々して他國の大將を賴み、おられぬ膝をおり少身成る侍の樣に機づかひ有は忠節·忠功の者をあしく被成たる罰なり、
新字:此様子色々なり一第一に大将よくして家老功もなく、武道無案内に然かも無心がけにてこれある家中には、忠節·忠功の侍を家老衆そねむ故、臆病にて軽薄なる者おほく繁昌してよき武士の繁昌十人の中一二人ありて其備へ違ふ物なり、然れ共大将よければ少身なる侍を取たて大身に被成、名をとらする儀は悉皆唐国はよき大将衆の大公望諸葛孔明などゝ云ふ者を在郷より引出すと同前也、第二に家老よくして大将のぶあんないなるは、月見·花見·遊山·芸能にふけり、結句鈍にかへるなれば、作法もしらず置者あしき人を取たて、崇敬有てよき家老を殺し追失なふ物なり、其ごとくなる大将は、人罰にて終に牢々して他国の大将を頼み、おられぬ膝をおり少身成る侍の様に機づかひ有は忠節·忠功の者をあしく被成たる罰なり、
書き下し
此様子色々なり一第一に大将よくして家老功もなく、武道無案内に然かも無心がけにてこれある家中には、忠節·忠功の侍を家老衆そねむ故、臆病にて軽薄なる者おほく繁昌してよき武士の繁昌十人の中一二人ありて其備へ違ふ物なり、然れ共大将よければ少身なる侍を取たて大身に被成、名をとらする儀は悉皆唐国はよき大将衆の大公望諸葛孔明などゝ云ふ者を在郷より引出すと同前也、第二に家老よくして大将のぶあんないなるは、月見·花見·遊山·芸能にふけり、結句鈍にかへるなれば、作法もしらず置者あしき人を取たて、崇敬有てよき家老を殺し追失なふ物なり、其ごとくなる大将は、人罰にて終に牢々して他国の大将を頼み、おられぬ膝をおり少身成る侍の様に機づかひ有は忠節·忠功の者をあしく被成たる罰なり、
現代語訳
この様子は色々である。一、第一に、大将がよくして家老が功もなく、武道に無案内で、しかも無心掛けにてこれある家中には、忠節・忠功の侍を家老衆が嫉むゆえに、臆病にて軽薄なる者が多く繁昌して、よき武士の繁昌は十人の中に一二人あって、その備えが違う物である。しかしながら大将がよければ、小身なる侍を取り立てて大身になされ、名を取らせる儀は、まったく唐国のよき大将衆が大公望・諸葛孔明などという者を在郷から引き出したのと同前である。第二に、家老がよくして大将が不案内なるは、月見・花見・遊山・芸能にふけり、結局は鈍に返るのであるから、作法も知らず、置き者や悪しき人を取り立て、崇敬があって、よき家老を殺し追い失う物である。そのごとくなる大将は、人罰にてついに牢々して他国の大将を頼み、折られぬ膝を折り、小身なる侍の様に気遣いがあるのは、忠節・忠功の者を悪しくなされた罰である。
解説
この章句が説くこと
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