甲陽軍鑑 / 品第十三
さてあひては何とぞ仕合能くして立のく事あれは、又跡にて弱者の親類近付より合候て、是非とも敵討んといへど口斗りにて皆僞なり、是偏へに臆病なる大將の下にて奉公人の行儀上をまねて如此、能き人も此大將の家中にて後には弱者程こそなくとも少しは惡しくなる、爰を以て三畧に行も善惡同則功臣倦云云、然ば近代において右さたする大將に少しも違はずして、家中の大身小身ともに諸侍形義あしうなり終に其家滅却する、
新字:さてあひては何とぞ仕合能くして立のく事あれは、又跡にて弱者の親類近付より合候て、是非とも敵討んといへど口斗りにて皆偽なり、是偏へに臆病なる大将の下にて奉公人の行儀上をまねて如此、能き人も此大将の家中にて後には弱者程こそなくとも少しは悪しくなる、爰を以て三略に行も善悪同則功臣倦云云、然ば近代において右さたする大将に少しも違はずして、家中の大身小身ともに諸侍形義あしうなり終に其家滅却する、
書き下し
さてあひては何とぞ仕合能くして立のく事あれは、又跡にて弱者の親類近付より合候て、是非とも敵討んといへど口斗りにて皆偽なり、是偏へに臆病なる大将の下にて奉公人の行儀上をまねて如此、能き人も此大将の家中にて後には弱者程こそなくとも少しは悪しくなる、爰を以て三略に行も善悪同則功臣倦云云、然ば近代において右さたする大将に少しも違はずして、家中の大身小身ともに諸侍形義あしうなり終に其家滅却する、
現代語訳
さて相手はどうにか仕合わせよく立ち退くことがあれば、また後で弱い者の親類や近づきが寄り合って、是非とも敵を討とうと言うけれども、口ばかりで皆偽りである。これはひとえに、臆病なる大将の下で奉公人の行儀が上を真似てこのようになるのである。よい人もこの大将の家中にいて、後には弱い者ほどではなくとも、少しは悪くなる。ここをもって三略に、行いも善悪が同じであれば功臣は倦む、と言う。しかるに近代において、右に沙汰する大将と少しも違わずして、家中の大身・小身ともに諸侍の行儀が悪くなり、ついにその家が滅却するのである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・義賞①春氣至れば則ち草木産し、秋氣至れば則ち草木落つ。産と落とは之を使しむるもの或り。自ら然るに非ざるなり。故に之を使しむる者至れば、物為さざる無く、之を使しむる者至らざれば、物為す可き無し。古の人、其の使しむる所以を審らかにす、故に物、用を為さざる莫し。賞罰の柄、此れ上の使しむる所以なり。其の以て加うる所の者義なれば、則ち忠信親愛の道彰わる。久しく彰われて愈々長ずれば、民の之に安んずること性の若し。此を之れ教成ると謂う。教成れば則ち厚賞嚴威有りと雖も禁ずること能わず。故に善く教うる者は、義以て賞罰して教成り、教成りて賞罰禁ずること能わず。賞罰を用いて當らざるも亦た然り。姦偽賊亂貪戻の道興り、久しく興りて息まざれば、民の之を讎うること性の若し。戎夷胡貉巴越の民は、是を以て厚賞嚴罰有りと雖も、禁ずること能わず。郢人の兩版を以て垣するや、吳起之を變じて惡まる。賞罰易れば民安くんぞ樂しまん。氐羌の民、其れ虜となるや、其の係纍を憂えずして、其の死するに焚かれざるを憂うるは、皆、邪に成り、且つ成りて民を賊う。故に賞罰の加うる所は、慎まざる可からず。
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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孫子・行軍篇數々賞する者は、窘するなり。數々罰する者は、困しむなり。先に暴にして後に其の衆を畏るる者は、不精の至りなり。来たりて委謝する者は、休息を欲するなり。
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『韓非子』外儲説右下第三十五賞罰共にすれば則ち禁令行われず。何を以て之を明らかにせん。之を明らかにするに造父・於期を以てす。
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『韓非子』二柄第七明主の其の民を導制する所の者は、二柄のみ。二柄とは、刑・徳なり。
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呂氏春秋・當賞①民は道無くして天を知る。民は四時寒暑日月星辰の行を以て天を知る。四時寒暑日月星辰の行當たれば、則ち諸生の血氣有るの類、皆為に其の處を得て其の產に安んず。人臣も亦た道無くして主を知る。人臣は賞罰爵祿の加わる所を以て主を知る。主の賞罰爵祿の加わる所の者宜しければ、則ち親疏遠近賢不肖、皆其の力を盡くして、以て用を為す。