甲陽軍鑑 / 品第四十三
先如此外題をもつて書おかねば其樣子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御證文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其樣子あり○信玄公軍法之事、
新字:先如此外題をもつて書おかねば其様子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御證文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其様子あり○信玄公軍法之事、
書き下し
先如此外題をもつて書おかねば其様子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御證文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其様子あり○信玄公軍法之事、
現代語訳
まずこのように外題をもって書き置かねば、その様子が聞こえかね候間、この件のごとし。一、信玄公が御陣において手柄をなす者に褒美をなさる、その色々は、一、御証文に上中下あり。一、熨斗付きの刀・脇指。一、鑓・長刀。一、喉輪。一、小袖。一、羽織。一、碁石金。一、頭巾まで、長持に一つ持たせ給うのである。功により、また時の潮によってこれを下される事。御使いにて賜り、または家老衆をもって賜り、あるいは二十人衆の頭・御中間頭衆をもっても賜る。さてまた御前へ召し寄せられて賜るもあり、その様子がある。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』公輸是に於いて公輸盤に見ゆ。子墨子、帶を解きて城と為し、牒を以て械と為す。公輸盤、九たび攻城の機變を設く。子墨子、九たび之を距ぐ。公輸盤の攻械、盡き、子墨子の守圉、餘り有り。公輸盤、詘して曰く、「吾れ子を距ぐ所以を知れり。吾れ言わず」と。子墨子も亦た曰く、「吾れ子の我を距ぐ所以を知れり。吾れ言わず」と。楚王、其の故を問う。子墨子曰く、「公輸子の意は、臣を殺さんと欲するに過ぎず。臣を殺さば、宋、能く守ること莫く、攻む可し。然れども臣の弟子禽滑釐等三百人、已に臣の守圉の器を持し、宋の城上に在りて楚の冦を待てり。臣を殺すと雖も、絶つこと能わざるなり」と。楚王曰く、「善いかな。吾れ請う、宋を攻むること無からん」と。
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『墨子』備高臨臨むに連弩の車を以てす。杖は大方一方一尺、長さは城の薄厚に稱う。兩軸三輪、輪は筐中に居り、下上の筐を重ぬ。左右の旁に二植、左右に衡植有り。衡植の左右、皆な圜内、内徑四寸。左右に弩を縳るは皆な植に於いてし、鈎を以て大弩の臂の前後に至りて筐と齊し。筐の髙さ八尺、弩軸は下筐を去ること三尺五寸。連弩の機郭は銅を同じくすること一石三十斤、鹿を引くこと長奴。筐の大いさ三圍半、左右に鉤距有り、方三寸、輪の厚さ尺二寸、銅距の臂は博さ尺四寸、厚さ七寸、長さ六尺。横臂は筐外に齊しく、蚤は尺五寸、距有り、博さ六寸、厚さ三寸、長さは筐の如し。儀有り、詘勝有り、上下す可し。武を為すに重さ一石、材の大いさ五寸を以てす。矢の長さ十尺、繩を以て矢端にし、戈を射るが如くす。□を以て卷き牧む。矢は弩臂を髙くすること三尺、弩を用うるに數無く、人を出だすこと六十枚、小矢を用うるに留むる無し。十人、此の車を主る。遂に寇を具え、髙樓を為りて以て道を射、城上、答を以て矢を羅む。
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老子・第11章三十輻は一轂を共にす、其の無に当たりて、車の用有り。埴を埏ねて以て器と為す、其の無に当たりて、器の用有り。戸牖を鑿ちて以て室と為す、其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。
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孫子・作戦篇故に智将は敵に食するを務む。敵に食する一鍾は、吾が二十鍾に当たり、萁稈一石は、吾が二十石に当たる。
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李衛公問対・卷下夫れ用兵の法は、必ず先ず吾が士衆を察し、吾が勝氣を激して、乃ち以て敵を擊つべし。吳起の『四機』は、氣機を以て上と爲す。他の道無きなり。能く人人をして自ら鬬わしむれば、則ち其の銳當たる莫し。
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論語・顔淵篇子曰く、訟を聴くは、吾猶お人のごときなり。必ずや訟無からしめんか。