甲陽軍鑑 / 品第四十三
先如此外題をもつて書おかねば其樣子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御證文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其樣子あり○信玄公軍法之事、
新字:先如此外題をもつて書おかねば其様子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御証文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其様子あり○信玄公軍法之事、
書き下し
先如此外題をもつて書おかねば其様子聞へかね候間如件一信玄公於御陣手抦をなす者に褒美なさるゝその色々は一御證文上中下有一のし付の刀·脇指一鑓·長刀一のどわ一小袖一羽織一基石金一づきんまで、長持に一ッ持たせ給ふなり、功により又は時のしほにより是を下さるゝ事御使にて給はり、又は家老衆をもつて給り、或は二十人衆の頭·御中間頭衆をもつても給る、さて又御前へめしよせられ給るもあり其様子あり○信玄公軍法之事、
現代語訳
まずこのように外題をもって書き置かねば、その様子が聞こえかね候間、この件のごとし。一、信玄公が御陣において手柄をなす者に褒美をなさる、その色々は、一、御証文に上中下あり。一、熨斗付きの刀・脇指。一、鑓・長刀。一、喉輪。一、小袖。一、羽織。一、碁石金。一、頭巾まで、長持に一つ持たせ給うのである。功により、また時の潮によってこれを下される事。御使いにて賜り、または家老衆をもって賜り、あるいは二十人衆の頭・御中間頭衆をもっても賜る。さてまた御前へ召し寄せられて賜るもあり、その様子がある。
解説

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