甲陽軍鑑 / 品第四十一
わかき大將の十分にかちて、けが有ては其後なにほとの勝利を得ても、若き時まけたる事引いだされ、後までもけがにいはるゝなれば、かならず大將たらん者は、十を十ながら勝たき思案あらば、我心中より大敵·强敵の數を作り出し勝利をうしなはん惡事をまねくと相心得候へ由を仰せをかるゝなり
新字:わかき大将の十分にかちて、けが有ては其後なにほとの勝利を得ても、若き時まけたる事引いだされ、後までもけがにいはるゝなれば、かならず大将たらん者は、十を十ながら勝たき思案あらば、我心中より大敵·强敵の数を作り出し勝利をうしなはん悪事をまねくと相心得候へ由を仰せをかるゝなり
書き下し
わかき大将の十分にかちて、けが有ては其後なにほとの勝利を得ても、若き時まけたる事引いだされ、後までもけがにいはるゝなれば、かならず大将たらん者は、十を十ながら勝たき思案あらば、我心中より大敵·强敵の数を作り出し勝利をうしなはん悪事をまねくと相心得候へ由を仰せをかるゝなり
現代語訳
一、信玄公が宣うには、若い大将が十分に勝って怪我があっては、その後どれほどの勝利を得ても、若い時に負けた事を引き出され、後々までも怪我と言われるのであるから、必ず大将たらん者は、十を十ながら勝ちたいという思案があるならば、我が心中より大敵・強敵の数を作り出し、勝利を失わん悪事を招くと相心得候え、との由を仰せ置かれるのである。
解説
完勝を望む心そのものが敵を作る、という言い方をしている。外にいる敵より、勝ち切りたいという自分の思案のほうが危ないという見方で、前段の六分七分の教えを裏側から言い直したもの。若い大将への戒めとして置かれている。外にいる敵より、勝ち切りたいという自分の思案のほうが危ないという見方である。六分七分の教えを、裏側から言い直したものになっている。
この章句が説くこと
完勝自戒心中強敵若さ深追い
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