甲陽軍鑑 / 品第四十二
若しわかき心出來候はば大きなるけがなり一若き衆は御大將の使ひに先へ參り、はれなる高名をもして度々をかさねて足輕大將になり、或は侍大將にもなるべきなり、信玄公の御家中如此候一武者奉行·旗奉行一切自身のはたらき大きなるけがなり、付たり、惣旗、馬じるしと分けて兩奉行なり、鑓奉行もくづしてから後はたらくべき也、
新字:若しわかき心出来候はば大きなるけがなり一若き衆は御大将の使ひに先へ参り、はれなる高名をもして度々をかさねて足軽大将になり、或は侍大将にもなるべきなり、信玄公の御家中如此候一武者奉行·旗奉行一切自身のはたらき大きなるけがなり、付たり、惣旗、馬じるしと分けて両奉行なり、鑓奉行もくづしてから後はたらくべき也、
書き下し
若しわかき心出来候はば大きなるけがなり一若き衆は御大将の使ひに先へ参り、はれなる高名をもして度々をかさねて足軽大将になり、或は侍大将にもなるべきなり、信玄公の御家中如此候一武者奉行·旗奉行一切自身のはたらき大きなるけがなり、付たり、惣旗、馬じるしと分けて両奉行なり、鑓奉行もくづしてから後はたらくべき也、
現代語訳
もし若い心が出てきたならば、大きな怪我である。一、若い衆は大将の使いとして先へ行き、晴れがましい高名をも立て、度々を重ねて足軽大将になり、あるいは侍大将にもなるべきである。信玄公のご家中はこのとおりである。一、武者奉行・旗奉行が一切、自分で働くのは大きな怪我である。付けたり、惣旗と馬印とを分けて両奉行とする。槍奉行も、崩してから後に働くべきである。
解説
若いうちは自分で手柄を立てて上がっていくが、上がった先では手を出さなくなる、という順序が示されている。若い心が出てきたら怪我だという言い方が鋭く、同じ気持ちが年齢と役によって美点にも欠点にもなる。役ごとに働く順番まで決めてあるのがこの巻の性格である。同じ気持ちが、年齢と役によって美点にも欠点にもなる。いつまで自分で稼ぎ、いつから人に稼がせるかを、役ごとに決めておくということである。
この章句が説くこと
役奉行自制若順手柄
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