甲陽軍鑑 / 品第四十一
又計策は出家·町人·百姓などの才覺あるものを常に恩をあたへて後、敵國へつかひ敵の大將才智なくして好事を過し、万民までもうとむ所を聞つ國くろひ、敵國をさだこせ、其國をせめ又は敵の內に邪欲の者をきこきはめ、引物色々をもつて其敵をしたがふる事大形是計策の元也、右の武略·智略·計策三ツの作法其すべを知て是を謀りて勝利をうることわざを指て能き軍法と申す、
新字:又計策は出家·町人·百姓などの才覚あるものを常に恩をあたへて後、敵国へつかひ敵の大将才智なくして好事を過し、万民までもうとむ所を聞つ国くろひ、敵国をさだこせ、其国をせめ又は敵の内に邪欲の者をきこきはめ、引物色々をもつて其敵をしたがふる事大形是計策の元也、右の武略·智略·計策三ツの作法其すべを知て是を謀りて勝利をうることわざを指て能き軍法と申す、
書き下し
又計策は出家·町人·百姓などの才覚あるものを常に恩をあたへて後、敵国へつかひ敵の大将才智なくして好事を過し、万民までもうとむ所を聞つ国くろひ、敵国をさだこせ、其国をせめ又は敵の内に邪欲の者をきこきはめ、引物色々をもつて其敵をしたがふる事大形是計策の元也、右の武略·智略·計策三ツの作法其すべを知て是を謀りて勝利をうることわざを指て能き軍法と申す、
現代語訳
また計策は、出家・町人・百姓などの才覚ある者に常に恩を与えておいた後、敵国へ遣わし、敵の大将が才智なくして好き事を過ごし、万民までも疎んじる所を聞いて国を狙い、敵国を定め越し、その国を攻め、または敵の内に邪欲の者を聞き極め、引き物を色々与えてその敵を従える事、大形これが計策の元である。まさに右の武略・智略・計策三つの作法、そのすべを知って、これを謀って勝利を得るわざを指して、よき軍法と申す。
解説

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