甲陽軍鑑 / 品第六
天下へなをり旣に都の諸司代も三善家より定め置き、五畿内義輝の事は不及申ニ近國の諸士大小共に旗下に仕り、諸人に渴仰せられ、公方光源院の御妹を嫡子左京太夫殿へ御臺につかはされける、
新字:天下へなをり旣に都の諸司代も三善家より定め置き、五畿内義輝の事は不及申ニ近国の諸士大小共に旗下に仕り、諸人に渴仰せられ、公方光源院の御妹を嫡子左京太夫殿へ御台につかはされける、
書き下し
天下へなをり旣に都の諸司代も三善家より定め置き、五畿内義輝の事は不及申ニ近国の諸士大小共に旗下に仕り、諸人に渴仰せられ、公方光源院の御妹を嫡子左京太夫殿へ御台につかはされける、
現代語訳
天下へ直り、すでに都の所司代も三好家から定め置き、五畿内は義輝の事は申すに及ばず、近国の諸士も大小ともに旗下に仕え、諸人に渇仰せられ、公方光源院の御妹を嫡子の左京太夫殿へ御台として遣わされた。
解説
阿波の一大名が、公方の縁につながるところまで登った場面。所司代を自分の家から出すというのは、都の実務を握ったということである。ここが三好家の頂点で、この後は同じ速さで崩れていく。所司代を自分の家から出すというのは、都の実務を握ったということである。ここが頂点で、この後は同じ速さで崩れていくことになる。
この章句が説くこと
三好所司代頂点縁組権力都
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