師導古典を学びたいすべての人に

甲陽軍鑑 / 品第六

或時岩付の城に美濃守有之刻、松山にて一揆以外にをこり、北條氏康公御出馬たるべしと有しに、岩付へ使者を立てんには路次ふさがりて、五騎三騎にては叶はじ、十騎とやらば松山に人數すくなし、況んや飛脚は叶ふまじきに、內々隱密にて前の日美濃守留主居の者にゝたれはこそ、文をかき竹の筒を手一束に切て、此狀を入口をつゝみ犬の頸にゆひ付て、十疋はなしけれは片時の間に岩つきへの文を犬共持來る、さる間美濃守やがて松山へ後詰をする、一揆共見之速に岩付へ聞へうしろづめをしたるは、希代不思議の名人かなと不審をなし、爾來松山に一揆發事なし、是は太田三樂と申す者也、

新字:或時岩付の城に美濃守有之刻、松山にて一揆以外にをこり、北条氏康公御出馬たるべしと有しに、岩付へ使者を立てんには路次ふさがりて、五騎三騎にては叶はじ、十騎とやらば松山に人数すくなし、況んや飛脚は叶ふまじきに、内々隠密にて前の日美濃守留主居の者にゝたれはこそ、文をかき竹の筒を手一束に切て、此状を入口をつゝみ犬の頸にゆひ付て、十疋はなしけれは片時の間に岩つきへの文を犬共持来る、さる間美濃守やがて松山へ後詰をする、一揆共見之速に岩付へ聞へうしろづめをしたるは、希代不思議の名人かなと不審をなし、爾来松山に一揆発事なし、是は太田三楽と申す者也、

書き下し

或時岩付の城に美濃守有之刻、松山にて一揆以外にをこり、北条氏康公御出馬たるべしと有しに、岩付へ使者を立てんには路次ふさがりて、五騎三騎にては叶はじ、十騎とやらば松山に人数すくなし、況んや飛脚は叶ふまじきに、内々隠密にて前の日美濃守留主居の者にゝたれはこそ、文をかき竹の筒を手一束に切て、此状を入口をつゝみ犬の頸にゆひ付て、十疋はなしけれは片時の間に岩つきへの文を犬共持来る、さる間美濃守やがて松山へ後詰をする、一揆共見之速に岩付へ聞へうしろづめをしたるは、希代不思議の名人かなと不審をなし、爾来松山に一揆発事なし、是は太田三楽と申す者也、

現代語訳

ある時、岩付の城に美濃守がいた折、松山で一揆がもってのほかに起こり、北条氏康公が御出馬になるだろうという事であったが、岩付へ使者を立てるには路次が塞がって、五騎三騎では叶うまい、十騎とやれば松山に人数が少なくなる、まして飛脚は叶うまい、というところに、内々に隠密で、前の日に美濃守が留守居の者に言っておいたからこそ、文を書き、竹の筒を手一束に切って、この状を入れ、口を包んで犬の頸に結い付けて、十疋放したところ、片時の間に岩付への文を犬どもが持って来る。そこで美濃守はやがて松山へ後詰めをする。一揆どもはこれを見て、速やかに岩付へ聞こえて後詰めをしたのは希代不思議の名人かなと不審をなし、それ以来、松山に一揆の起こる事はなかった。是は太田三楽と申す者である。

解説

犬を二つの城で入れ替えて飼っていたのは、帰巣の性を使うためだった。道が塞がり、使者も飛脚も出せない時に、五十疋がそのまま通信になる。備えは平時には意味が分からない形で置かれ、しかも一度使って見せた後は、それだけで一揆が起きなくなった。備えは平時には意味が分からない形で置かれる。しかも一度使って見せた後は、それだけで一揆が起きなくなったという効き方をしている。

この章句が説くこと

太田通信備え一揆抑止

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる