甲陽軍鑑 / 品第六
氏實公政道よくましまさば家康公の表裡にても有べし氏實公あしき大將にてもあれ家康公今川殿に傳る家老ならはこそ人のいふも尤なれ、家康公はもとより一城の主たり、時のけんにまかせて屬したる大名と申物也、時のけんによつて屬したる人は萬事を抛て時を見あはせ我立身を專にする物なれは、家康公今川殿の家老にてはなし努々表裡に有べからず、
新字:氏実公政道よくましまさば家康公の表裡にても有べし氏実公あしき大将にてもあれ家康公今川殿に伝る家老ならはこそ人のいふも尤なれ、家康公はもとより一城の主たり、時のけんにまかせて属したる大名と申物也、時のけんによつて属したる人は万事を抛て時を見あはせ我立身を専にする物なれは、家康公今川殿の家老にてはなし努々表裡に有べからず、
書き下し
氏実公政道よくましまさば家康公の表裡にても有べし氏実公あしき大将にてもあれ家康公今川殿に伝る家老ならはこそ人のいふも尤なれ、家康公はもとより一城の主たり、時のけんにまかせて属したる大名と申物也、時のけんによつて属したる人は万事を抛て時を見あはせ我立身を専にする物なれは、家康公今川殿の家老にてはなし努々表裡に有べからず、
現代語訳
氏真公の政道がよくあられたなら、家康公の表裏ということもあろう。氏真公が悪い大将であっても、家康公が今川殿に伝わる家老であるならばこそ、人の言うのももっともである。家康公はもとより一城の主である。時の権に任せて属した大名と申す物である。時の権によって属した人は、万事を抛って時を見合わせ、我が立身を専らにする物であるから、家康公は今川殿の家老ではない。ゆめゆめ表裏であるはずがない。
解説

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『墨子』非儒下民を存す。是に於いて其の禮を厚くし、其の封を留め、敬して見るも其の道を問わず。孔丘、乃ち景公と晏子とに志怒し、乃ち鴟夷子を樹てて田常の門に及ぼし、南郭子に欲する所を為すを告げ、魯に歸る。頃有りて、齊の将に魯を伐たんとするを間き、子貢に告げて曰く、「賜や、大事を今の時に舉げん」と。乃ち子貢を齊に遣わし、南郭惠子に因りて以て田常に見え、之に吳を伐つを勸め、以て髙・國・鮑・晏を教え、田常の亂を害するを得ざらしめ、越に吳を伐つを勸む。三年の内、齊・吳、國を破るの難あり、伏尸は術數を以て言う。孔丘の誅なり。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・まさにこれをわが輩の任と言うべし前条所記の論説はたして是ならば、わが国の文明を進めてその独立を維持するは、ひとり政府の能くするところにあらず。また今の洋学者流も依頼するに足らず、必ずわが輩の任ずるところにして、まずわれより事の端を開き、愚民の先をなすのみならず、またかの洋学者流のために先駆してその向かうところを示さざるべからず。今わが輩の身分を考うるに、その学識もとより浅劣なりといえども、洋学に志すこと日すでに久しく、この国にありては中人以上の地位にある者なり。輓近世の改革も、もしわが輩の主として始めしことにあらざれば、暗にこれを助けなしたるものなり。あるいは助成の力なきも、その改革はわが輩の悦ぶところなれば、世の人もまたわが輩を目するに改革家流の名をもってすること必せり。すでに改革家の名ありて、またその身は中人以上の地位にあり、世人あるいはわが輩の所業をもって標的となす者あるべし。しからばすなわち今、人に先だって事をなすは、まさにこれをわが輩の任と言うべきなり。