甲陽軍鑑 / 品第四十八
跡部大炊助殿以上信州岩村田法花宗の僧公事の事一信濃國岩村田にいかにも少分成百姓あり、此者男は淨土宗女房は法花宗にて男は女を我宗になさんと云ふ、女は男を法花になり給へと申、何もかたづかず後は此儀に付て夫婦の中惡く成然れは男、父母の爲めに一月に兩度づゝ淨土の出家を申請れば女房かほさがをなす、女母の爲に法花坊主を呼參らすれば男殊の外腹立る、
新字:跡部大炊助殿以上信州岩村田法花宗の僧公事の事一信濃国岩村田にいかにも少分成百姓あり、此者男は浄土宗女房は法花宗にて男は女を我宗になさんと云ふ、女は男を法花になり給へと申、何もかたづかず後は此儀に付て夫婦の中悪く成然れは男、父母の為めに一月に両度づゝ浄土の出家を申請れば女房かほさがをなす、女母の為に法花坊主を呼参らすれば男殊の外腹立る、
書き下し
跡部大炊助殿以上信州岩村田法花宗の僧公事の事一信濃国岩村田にいかにも少分成百姓あり、此者男は浄土宗女房は法花宗にて男は女を我宗になさんと云ふ、女は男を法花になり給へと申、何もかたづかず後は此儀に付て夫婦の中悪く成然れは男、父母の為めに一月に両度づゝ浄土の出家を申請れば女房かほさがをなす、女母の為に法花坊主を呼参らすれば男殊の外腹立る、
現代語訳
跡部大炊助殿。以上。信州岩村田の法花宗の僧の公事の事。一、信濃国の岩村田に、いかにも少分なる百姓あり。この者は男が浄土宗、女房が法花宗にて、男は女を我が宗になさんと言う。女は男を法花になり給えと申す。何も片付かず、後はこの儀につきて夫婦の仲が悪く成る。しかれば男が父母のために一月に両度ずつ浄土の出家を申し請くれば、女房が顔しかがをなす。女が母のために法花坊主を呼び参らすれば、男が殊のほか腹を立てる。
解説
貧しい百姓の夫婦が、それぞれの宗へ相手を改めさせようとして仲が悪くなる。どちらも自分の親の供養に僧を呼ぶたび、もう一方が不機嫌になる。争いの土台が、信心そのものではなく親の供養にあるところが目を引く。争いの土台が、信心そのものではなく親の供養にあるところが目を引く。どちらも自分の親のために僧を呼ぶたび、もう一方が不機嫌になるという形である。
この章句が説くこと
宗旨夫婦供養改宗岩村田対立
関連する章句
-
『墨子』尚同下然らば下の情を得るを計るに將に奈何せば可ならんとするか。故に子墨子曰く、「唯だ能く尚同一義を以て政を為して、然る後に可なり。何を以て尚同一義の可にして天下に政を為すを知るや。然らば胡ぞ古の治めて政を為すの説を審らかに稽えざるや。古者、天の始めて民を生ずるや、未だ正長有らざるなり。百姓、政を為す。若し茍くも百姓、政を為さば、是れ一人一義、十人十義、百人百義、千人千義なり。人の衆きこと勝げて計う可からざるに逮び至れば、則ち其の義と謂う所の者も、亦た勝げて計う可からず。此れ皆な其の義を是として、人の義を非とす。是を以て厚き者は鬬有り、而して薄き者は争有り。是の故に天下の一天下の義を同じくせんと欲するなり。是の故に賢者を選擇し、立てて天子と為す。
-
『墨子』節葬下今、昔者の三代の聖王の既に沒せしに逮び至りて、天下、義を失う。後世の君子、或いは厚葬久喪を以て仁と為し、義と為し、孝子の事と為す。或いは厚葬久喪を以て仁義に非ず、孝子の事に非ずと為す。曰く、二子なる者は、言は則ち相い非とし、行いは即ち相い反す。皆な曰く、「吾れ上は堯舜禹湯文武の道を祖述する者なり」と。而も言は即ち相い非とし、行いは即ち相い反す。此に於て後世の君子、皆な二子なる者の言に疑惑す。
-
易経・彖伝睽(けい)は、火動きて上り、沢動きて下る。二女同居して、其の志行を同じくせず。説(よろこ)びて明に麗(つ)き、柔進みて上行し、中を得て剛に応ず。是を以て小事に吉なり。天地睽(そむ)きて其の事同じきなり。男女睽きて其の志通ずるなり。万物睽きて其の事類するなり。睽の時用大なるかな。
-
『墨子』尚同上子墨子言いて曰く、古者、民、始めて生じて未だ刑政有らざる時、盖し其の語、人ごとに義を異にす。是を以て一人なれば則ち一義、二人なれば則ち二義、十人なれば則ち十義。其の人、滋いよ衆ければ、其の義と謂う所の者も亦た滋いよ衆し。是を以て人は其の義を是として、以て人の義を非とす。故に交ごも相い非とし是とするなり。内なる者は父子兄弟、怨惡を作し、離散して相い和合する能わず。天下の百姓、皆な水火毒藥を以て相い虧害し、餘力有るに至るも以て相い勞う能わず。餘財を府列するも以て相い分かたず、良道を隠匿するも以て相い教えず。天下の亂るること、禽獸の若く然り。
-
論語・子路篇子貢問いて曰く、「郷人皆之を好まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。」「郷人皆之を悪まば、何如。」子曰く、「未だ可ならざるなり。郷人の善き者之を好み、其の善からざる者之を悪むには如かず。」
-
『墨子』公孟子墨子、程子と辯じて、孔子を稱す。程子曰く、「儒を非として、何の故に孔子を稱するや」と。子墨子曰く、「是れ亦た當たりて易う可からざる者なり。今、鳥は熱旱の憂いを聞けば則ち髙く、魚は熱旱の憂いを聞けば則ち下る。此に當たりては禹湯之が謀を為すと雖も、必ず易うる能わざらん。魚鳥は愚と謂う可し。禹湯も猶お云に焉に因る。今、翟、曽て孔子を稱すること無からんや」と。