甲陽軍鑑 / 品第四十八
大國の朱買臣は錦をきて故郷に歸る、今の圓學は錦にまさる、墨染の衣を着すると有儀衣は無學の僧もきるといへども錦にまさると云ふ事は學問をさして申也、世間に物の色は多けれ共墨は一入貴き色也、墨にて文字をかけば其手跡によりて殊更帝王將軍御手にも取給ふそ、其貴き墨の色にて心をそめたるを以て學問相承と名付て人の貴む所なり、善萬坊耳に入やうに、此伊勢守が理を申聞候は、
新字:大国の朱買臣は錦をきて故郷に帰る、今の円学は錦にまさる、墨染の衣を着すると有儀衣は無学の僧もきるといへども錦にまさると云ふ事は学問をさして申也、世間に物の色は多けれ共墨は一入貴き色也、墨にて文字をかけば其手跡によりて殊更帝王将軍御手にも取給ふそ、其貴き墨の色にて心をそめたるを以て学問相承と名付て人の貴む所なり、善万坊耳に入やうに、此伊勢守が理を申聞候は、
書き下し
大国の朱買臣は錦をきて故郷に帰る、今の円学は錦にまさる、墨染の衣を着すると有儀衣は無学の僧もきるといへども錦にまさると云ふ事は学問をさして申也、世間に物の色は多けれ共墨は一入貴き色也、墨にて文字をかけば其手跡によりて殊更帝王将軍御手にも取給ふそ、其貴き墨の色にて心をそめたるを以て学問相承と名付て人の貴む所なり、善万坊耳に入やうに、此伊勢守が理を申聞候は、
現代語訳
大国の朱買臣は錦を着て故郷に帰る。今の円学は錦にまさる。墨染の衣を着すとある儀、衣は無学の僧も着ると言えども、錦にまさると言う事は学問をさして申すなり。世間に物の色は多けれども、墨は一入貴き色なり。墨にて文字を書けば、その手跡によりて、ことさら帝王・将軍の御手にも取り給うぞ。その貴き墨の色にて心を染めたるをもって、学問相承と名付けて人の貴む所なり。善万坊の耳に入るように、この伊勢守が理を申し聞かせ候は。
解説

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『甲陽軍鑑』起巻但なに本にても、一冊おほうして、二册三册よみて其理に能々徴し給はゞ、必おほくは、学問無用になさるべし、殊に詩聯句などまて、あそばし候は、猶もつてひが事也、但又国を半国共持給ふ、大将は学問きはめ、聯句なともし給へ、文武二道と申て、現世未来まで人のほめ物になり給ふ也、
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『童子問』卷下問ふ、宋儒謂ふ、天文・地理・律暦・兵刑・五運六気及び素問等の書、皆当に理会すべし、と。此の意如何、と。曰く、大凡学術政体に関はる者は、皆当に講究すべし。其の他は知るも亦好く、知らざるも亦害無し。礼楽兵刑は天下を治むるの具なり、講ぜざるべからず。然れども須らく先づ其の理の如何を講究すべし。其の度数条目の詳の若きは、則ち時に臨みて之を考ふるも、亦可なり。律暦の法は、伶官星翁の職とする所なり。此を以て儒者の業と為すは、則ち非なり。故に曰く、籩豆の事は、則ち有司存す、と。蓋し古は、其の才有れば則ち之を為し、其の才に非ず、又其の好みに非ざれば、則ち強ひて為さず。医薬の事も、亦然り。
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『慎思録』巻之六人の異学に迷ふ者多きは、何ぞや。曰く、只是れ理を燭すこと明らかならざるに因る。明らかならざる者は、学の粗にして精しからざるに因るのみ。之を学びて知を致さば、則ち之に迷ふことを得ず。且つ偏性有るの人は、一たび聞見する所に迷へば、則ち僻を成して、終身悟らず。惜しいかな。
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『弁名』道其の解に曰く、「道は当に行ふべきの理なり」と。是の言や以て道を賛すれば則ち猶ほ之れ可なり。然れども亦た僅かに以て人に道を行ふを勧むるに足るの言のみ。道に由れば則ち坦然たり、道に由らざれば則ち蓁棘を冒し険巇を踏む。蓋し焉に由らんか。是れ何ぞ以て道を尽くすに足らんや。若し当に行ふべきの理を其の臆に取りて、是れ聖人の道なりと謂はば、則ち妄の甚だしき者なり。果たして其の言の是ならば、孔子奚ぞ学ばん。彼の其の聖人の智を以てすれば、何の知らざる所かあらん。亦た思はざるの甚だしきなり。
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『都鄙問答』卷之二・或學者、商人ノ學問ヲ譏ノ段争で文字にて尽くすべきや。元来天地の体は、文字を離れて死活無きゆゑに、古今変らず。命は用なるゆゑに、動きて変るなり。理は体なるゆゑに、動かずして常なり。其の変らざる物を、理と名づけたると知るべし。文字は事を天下に通す器の如し。理は其の主なり。子曰く、権量を謹むと。称錘や斗斛も、天下の通用を以て宝とす。学問の道も亦かくのごとし。理をきはめ、天道聖人の心、通用するを以て宝とす。聖人理を窮め性を尽くして以て命に至りたまふに依りて、古今に通用して宝となる。此の理を知るを、学問の本と決定すべし。理、明らかなれば、万事、時の宜しきに合ふべし。
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『慎思録』巻之四堯舜の如きは、一の中の字を説きて足る。孔子に至りて仁を説き義を説く。孟子に至りて仁義礼智を説き、浩然の気を説き、性善を説く。皆前聖の未だ発せざる所なり。堯舜は唯だ中を説く。孔子に至りて中庸を説き、子思始めて中和を説く。此れ時変世態人心の然らしむる所にして、已むを得ざるの故なり。程朱は後人の気を認めて理と為し、理を将て低く看了りて、陰陽と渾雑せんことを恐る。故に分開して説くのみ。蓋し理は是れ天地の道、万物の本根、陰陽の主宰なり。其の至貴至粋は、陰陽の比すべきに非ず。故に分析して説き、気と別物為ることを知らしむ。苟も渾説せば、則ち恐らくは後人習ひて察せず、其の理湮晦して分明ならざらん。故に分開して説くも、亦た自然の勢ひ、已むを得ざるの意なり。後学の為に教へを立つるの道は、時に随ひて宜しきを為す。固より当に此の如くなるべし。是れも亦た先賢の微意なり。後人の敢へて議すべき所に非ず。朱門末学の徒の如きは、愈分析すれば則ち愈紛雑す。惟だ夫子明道の渾融して説く者と、伊川朱子の分析して説く者とを取り、各其の意趣を極め、其の異同を以て離合して看れば、則ち渾説分説、各微意有り。此の如くならば、則ち恐らくは講学に益有らん。学者幸はくは一を執りて論ずべからず。