甲陽軍鑑 / 品第四十八
三鬮は武藤三河守取候へば、三河申さるゝは弟子おとうと學問するも此寺約束故なり、學問にゆきて師匠死に目にあはずして今此寺約束なりとも、その約束はたてまじと申すもことはりなれと弟子兄の師匠末期の約束をたてんと存候、殊に寺建立の事、是も理なれば我等は双方に何も道理ありと存ずとて善惡の分別もなきさばき也、さて四番目は、今井伊勢守さばきに、
新字:三鬮は武藤三河守取候へば、三河申さるゝは弟子おとうと学問するも此寺約束故なり、学問にゆきて師匠死に目にあはずして今此寺約束なりとも、その約束はたてまじと申すもことはりなれと弟子兄の師匠末期の約束をたてんと存候、殊に寺建立の事、是も理なれば我等は双方に何も道理ありと存ずとて善悪の分別もなきさばき也、さて四番目は、今井伊勢守さばきに、
書き下し
三鬮は武藤三河守取候へば、三河申さるゝは弟子おとうと学問するも此寺約束故なり、学問にゆきて師匠死に目にあはずして今此寺約束なりとも、その約束はたてまじと申すもことはりなれと弟子兄の師匠末期の約束をたてんと存候、殊に寺建立の事、是も理なれば我等は双方に何も道理ありと存ずとて善悪の分別もなきさばき也、さて四番目は、今井伊勢守さばきに、
現代語訳
三の籤は武藤三河守が取り候えば、三河が申さるるは、弟弟子が学問するもこの寺の約束のゆえなり。学問に行きて師匠の死に目に会わずして、今この寺は約束なりとも、その約束は立てまじと申すももっともなれど、弟子兄の、師匠末期の約束を立てんと存じ候。ことに寺建立の事、これも理なれば、我らは双方に何も道理ありと存ずとて、善悪の分別もなき裁きなり。さて四番目は今井伊勢守の裁きに。
解説
三番目は、双方に理があるとだけ言って決めない。書き手はそれを、善悪の分別もない裁きだと書き留める。両論を並べることが公平に見えても、決めないことは裁きではないという判定である。両論を並べることが公平に見えても、決めないことは裁きではないという判定である。書き手はそれを、善悪の分別もない裁きだと書き留めている。
この章句が説くこと
武藤両論決めない分別裁き公平
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