甲陽軍鑑 / 品第四十八
御藏のまへにて弟子あに善萬坊、弟子おとうと琳切兩僧の公事有そのとき甲府の四奉行は、今井伊勢守·武藤三河守·櫻井安藝守·今福淨閑さばきなり、四奉行一二三四の圖とりにて今福淨閑一くじなるゆへ淨閑申さるゝは、おとうと弟子琳切が理なれば、此寺は弟でしの寺に仕候へ無智の僧いやと申さば寺を引出し縱へば還俗なりともくるしからず候とさばく、二のゝは櫻井安藝守なれば櫻井申さるゝ、いかに無智の僧成とも出家をさやうにあらくあてがふては慈悲結緣かくるなりとさばく、
新字:御蔵のまへにて弟子あに善万坊、弟子おとうと琳切両僧の公事有そのとき甲府の四奉行は、今井伊勢守·武藤三河守·桜井安芸守·今福浄閑さばきなり、四奉行一二三四の図とりにて今福浄閑一くじなるゆへ浄閑申さるゝは、おとうと弟子琳切が理なれば、此寺は弟でしの寺に仕候へ無智の僧いやと申さば寺を引出し縦へば還俗なりともくるしからず候とさばく、二のゝは桜井安芸守なれば桜井申さるゝ、いかに無智の僧成とも出家をさやうにあらくあてがふては慈悲結縁かくるなりとさばく、
書き下し
御蔵のまへにて弟子あに善万坊、弟子おとうと琳切両僧の公事有そのとき甲府の四奉行は、今井伊勢守·武藤三河守·桜井安芸守·今福浄閑さばきなり、四奉行一二三四の図とりにて今福浄閑一くじなるゆへ浄閑申さるゝは、おとうと弟子琳切が理なれば、此寺は弟でしの寺に仕候へ無智の僧いやと申さば寺を引出し縦へば還俗なりともくるしからず候とさばく、二のゝは桜井安芸守なれば桜井申さるゝ、いかに無智の僧成とも出家をさやうにあらくあてがふては慈悲結縁かくるなりとさばく、
現代語訳
御蔵の前にて、弟子兄の善万坊、弟子弟の琳切、両僧の公事あり。その時の甲府の四奉行は、今井伊勢守・武藤三河守・桜井安芸守・今福浄閑の裁きなり。四奉行が一二三四の籤取りにて、今福浄閑が一の籤なるゆえに浄閑が申さるるは、弟弟子の琳切が理なれば、この寺は弟弟子の寺に仕り候え。無智の僧がいやと申さば寺を引き出し、たとえば還俗なりとも苦しからず候と裁く。二の籤は桜井安芸守なれば、桜井が申さるる。いかに無智の僧なりとも、出家をさように荒く宛がうては慈悲結縁が欠くるなりと裁く。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十八其跡にて円蔵院遠行なり、かの院老耄故か無智の弟子なれども、善万坊其時四十七八なれば尤年よはひよしとて其寺をゆづるとある手形をやる、弟弟子は其比二十五六歳なれども久敷便宜なければ死たるも知らずとある事にて兼々約束のちがふたるも少は道理なり、さる間弟々子の琳切、大方我宗の学問仕よせ更級へ帰り兄弟子の善万坊と、公事を申せども、下にてすまざる仔細は弟子兄善万坊申儀、其上師匠遠行の後、寺退転の所を建立仕つるうへはいかに我等無智の僧なりとも此寺の儀はそれがしまゝに仕べし、琳切にぜん〳〵約束なりといふ共、前判を破る後判とあればかた〳〵もつて此寺は此僧が寺なりと、無智の善万坊か申分是なり、
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『甲陽軍鑑』品第四十八此僧あわてゝ衣のひほを結ぶ男大きにいかり惣別にくしと存るに、如此のもやう共更に聞へぬ事なりと様々口説を申かけ、おさへて坊主を縛りひとつの宗旨の僧達、近郷よりあまたきて重ねての為なりとて、目安書て所のしゆごへあぐれば、乍仮初出家の儀は、私しさばきならずして代官衆の人をそへ甲府の四奉行へあぐる、奉行聞給ひ出家の非におとさんとすれば、何にても證拠なし百姓無理と申さんには様子あやうし、是程少分成義に鉄火或はみたけの鐘と申にもあらず、色々ひはんせらるれ共、奉行四人の分別に不叶して無拠上へ披露いたさるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十八縦へば檜木にて木履を一足造りて人にやれば足にはきていかようなる所をもありくぞ、又其木のきれにて仏を作りて人にあたふれば押板の上へあげ香花をもりて拝するぞ、其ごとくにいかにして兄弟子成共無学の僧をば師匠が馬をひかせて、さて弟子弟なり共学問の有をば師匠も執する者なり、其方善万坊は四五ヶ年も此寺に住してはや六十に及に付ては、隠居して三十にならぬ琳切に跡をゆつり候へ琳切も弟子兄無智の儈なりとも、兄弟子の事なれば老たるをうやまひ、師匠の形見とも存せられ、寺中の家財を三ケ一分し善万坊へあたへ寺のはしに置て念比尤もなり、念比なくば学問のしるしは有まじ、扨又善万坊無学の意地にて弟子をとゝのへ琳切にまけたると口惜く我をたて、悪をはたらき必ず琳切に毒をかひなどあるにおいては勿体なき事ならんと定むると、今井伊勢守さばきにて、信玄公御耳によろしく思召なり、
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『甲陽軍鑑』品第四十八三鬮は武藤三河守取候へば、三河申さるゝは弟子おとうと学問するも此寺約束故なり、学問にゆきて師匠死に目にあはずして今此寺約束なりとも、その約束はたてまじと申すもことはりなれと弟子兄の師匠末期の約束をたてんと存候、殊に寺建立の事、是も理なれば我等は双方に何も道理ありと存ずとて善悪の分別もなきさばき也、さて四番目は、今井伊勢守さばきに、
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『甲陽軍鑑』品第四十八提婆が悪も、観音の慈悲、槃特が愚痴も文珠の智恵とさたいたさん子細は今福浄閑のあらきさばきは提婆、桜井殿双方無事にと有は、観音、武藤三河両方理なりと分別わからぬは槃特今井伊勢守こと〳〵く理非を分らるゝは文珠、さてこそ提婆が悪も、観音の慈悲、槃特が愚痴も文珠の智恵とあり、善も悪も鈍も利根もきわめて成仏のごとく此二人の僧中よきさばき如此なりと、横田十郎兵衛批判すれば各咄とわらひて座を立なり右此時節は馬塲美濃守·民部·山県は、
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『甲陽軍鑑』品第四十八則ち御蔵の前にて侍衆訴へ、町人の申分非人の者の云ふ事、公事のさたありて武藤三河守·桜井安芸守·今福浄閑此三奉行の中にても今福浄閑は物毎のよき功者なれば此公事をさたいたさるゝ、先侍衆道理至極に候、又町人も代物かぎりに酒商売の事なり、殊更御分国富貴の故、彼非人までもよろしきなりを仕り候は、是もつて万事逆になく、順義の御仕置ゆへこと〳〵く安堵して、誠につたなき非人まで侍のごとく騎鞍馬にのる、さあれば町人のみそこなふたるも道理なり、扨非人が代物かぎりならば、謙に及ばぬと、