甲陽軍鑑 / 品第四十八
そこにてみしな申は、さいはいを手にかくるより上の兵は有まじといへば、辻彌兵衛申は、さあらばかた〳〵の三十一年こうさをつむ事は諸傍輩におとりたる儀を、何とて日來山縣三郞兵衞同心被官の內に廣瀨·みしな兩人をこしたる覺への者有間敷と、いんげんを申つるぞ、さいはいは今年今月こそ免され申せといへば、
新字:そこにてみしな申は、さいはいを手にかくるより上の兵は有まじといへば、辻弥兵衛申は、さあらばかた〳〵の三十一年こうさをつむ事は諸傍輩におとりたる儀を、何とて日来山県三郎兵衛同心被官の内に広瀨·みしな両人をこしたる覚への者有間敷と、いんげんを申つるぞ、さいはいは今年今月こそ免され申せといへば、
書き下し
そこにてみしな申は、さいはいを手にかくるより上の兵は有まじといへば、辻弥兵衛申は、さあらばかた〳〵の三十一年こうさをつむ事は諸傍輩におとりたる儀を、何とて日来山県三郎兵衛同心被官の内に広瀨·みしな両人をこしたる覚への者有間敷と、いんげんを申つるぞ、さいはいは今年今月こそ免され申せといへば、
現代語訳
そこにて三品が申すは、采配を手にかけるより上の兵はあるまじと言えば、辻弥兵衛が申すは、さあらば方々の三十一年、功差を積む事は諸傍輩に劣りたる儀を、何として日ごろ、山県三郎兵衛の同心・被官の内に広瀬・三品の両人を越したる覚えの者はあるまじと異見を申しつるぞ。采配は今年今月こそ許され申せと言えば。
解説
采配持ちの首こそ最上だと言われて、では三十一年かけてやっと今月許されたのはなぜかと返す。積み重ねの長さを誇る言い分を、そのまま遅さの証しに読み替えている。積み重ねの長さを誇る言い分を、そのまま遅さの証しに読み替えている。最上の首を取ってきたのなら、なぜ三十一年も許されなかったのかという返しで、相手の武器がそのまま弱点になる。
この章句が説くこと
采配三十一年遅さ読み替え辻三品
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十八みしな申は、それは又我等広瀨度々手抦をあらはしたる故なりと申す、辻弥兵衛申すは、手抦も人にこされたるは深き儀にては有まじといへば、みしな申すは、広瀨·我等こしたる人はあまり覚へずといふ、辻弥兵衛申すは、旁はさすがのうでぬきをさする衆が武辺の儀に首尾不合なりといへば、みしな申すは、なにか口の違たる事ありやといへば、辻弥兵衛申すは、さいはいを手にかくる人より上の武士有間敷といひながら、今年さいをゆるされ申候て其以前三十年の間人にすぐれたると云ふは、さて首尾不合にてはなきと申て辻弥兵衛大きに笑へば、みしな一口もあかず、
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『甲陽軍鑑』品第四十八さありて広瀨·みしなにさいはいをゆるさねば山県大ぞなへにて人数まはりかぬる、まはりかぬれば自らほさきもよはきやうになる、よはければ合戦·せりあひにをくれをとるぞ、をくれをとれば三郎兵衛が負といはず信玄がまけと云、我ためにて有ほどに、広瀨·みしながさいはいに辻弥兵衛遺恨は相やめてくれ候へ、其方などにも、さいはいゆるしてもよからんずれ共、当時新羅三郎公より武田家の作法にて、侍大将せぬ者に四十をこさねばさいはいゆるさゞる軍法なれば、かた〳〵もつて信玄に免じて物いひすべからず、
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『甲陽軍鑑』品第四十八扨又此公事の意趣は山県三郎兵衛同心小菅五郎兵衛には山県三郎兵衛従弟といひ、かた〳〵もつての儀なれば、駿河はじめて出張の時六年先にざいをゆるし給ふ、それは辰の年なり、さありて此度広瀨·みしな両人にも小菅なみに、ざいをゆるし下さるゝは六年後酉年なり、辻弥兵衛是れを聞て目安をかき広瀨·みしな両人をあひてにて武辺公事を仕る、奉行は真田喜兵衛·曽根内匠·三枝勘解由左衛門·今井新左衛門四人なり、
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