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甲陽軍鑑 / 品第四十八

ここに甲州東郡にのろと云ふ在所に辻彌兵衞と申て其年二十九歲になる侍山縣三郞兵衞が同心なり、此若者、父は辻六郞兵衛とて信玄公の外樣近習四十五騎の內なり、武篇は二十八度の塲數有り、大剛の兵にて、信州かいづの小幡山城入道日意が好んでむこにいたす程の武士なれば、甲州において、米倉一黨·辻一黨兩侍の一類に臆病なる者一人も無之、類親廣き中に米倉一黨に丹後守·辻一黨に六郞兵衞是れ兩人は一入名を得たる覺への兵なり、

新字:ここに甲州東郡にのろと云ふ在所に辻弥兵衛と申て其年二十九歳になる侍山県三郎兵衛が同心なり、此若者、父は辻六郎兵衛とて信玄公の外様近習四十五騎の内なり、武篇は二十八度の塲数有り、大剛の兵にて、信州かいづの小幡山城入道日意が好んでむこにいたす程の武士なれば、甲州において、米倉一党·辻一党両侍の一類に臆病なる者一人も無之、類親広き中に米倉一党に丹後守·辻一党に六郎兵衛是れ両人は一入名を得たる覚への兵なり、

書き下し

ここに甲州東郡にのろと云ふ在所に辻弥兵衛と申て其年二十九歳になる侍山県三郎兵衛が同心なり、此若者、父は辻六郎兵衛とて信玄公の外様近習四十五騎の内なり、武篇は二十八度の塲数有り、大剛の兵にて、信州かいづの小幡山城入道日意が好んでむこにいたす程の武士なれば、甲州において、米倉一党·辻一党両侍の一類に臆病なる者一人も無之、類親広き中に米倉一党に丹後守·辻一党に六郎兵衛是れ両人は一入名を得たる覚への兵なり、

現代語訳

ここに甲州東郡に、のろという在所に辻弥兵衛と申して、その年二十九歳になる侍がある。山県三郎兵衛が同心なり。この若者の父は辻六郎兵衛とて、信玄公の外様近習四十五騎の内なり。武篇は二十八度の場数あり。大剛の兵にて、信州海津の小幡山城入道日意が好んで婿にいたすほどの武士なれば、甲州において米倉一党・辻一党の両侍の一類に臆病なる者は一人もこれなし。類親の広き中に、米倉一党に丹後守、辻一党に六郎兵衛、これ両人は一入名を得たる覚えの兵なり。

解説

訴える側の来歴が、父の代から丁寧に置かれる。二十八度の場数を踏んだ大剛の兵で、一族に臆病者が一人もいないと言われる家である。これから始まる武辺の言い争いが、家の名を背負ったものだと分かる。これから始まる武辺の言い争いが、家の名を背負ったものだと分かる。二十八度の場数を踏んだ父を持ち、一族に臆病者が一人もいないと言われる家である。

この章句が説くこと

六郎兵衛場数一類山県

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