甲陽軍鑑 / 品第四十七
只今かた〳〵兩人の仕形にては、我等式無之、後は我氣を取者ばかり召し擧げて、信玄公の御代よりほまれを取たる人々の、長篠にて死にのこり少しあると存ずれども、余所の國にて覺へ者の澤山なるよりは又當家の人のなきはましなるべし、如件御用に立衆をば旁々の被成樣にて恐怖をもたせ、皆御用にたゝぬ樣に成べし素より長閑·大炊介兩人御取成しの衆は、荒川·村井が如くに大事の時分はこと〳〵くにげちらん、
新字:只今かた〳〵両人の仕形にては、我等式無之、後は我気を取者ばかり召し挙げて、信玄公の御代よりほまれを取たる人々の、長篠にて死にのこり少しあると存ずれども、余所の国にて覚へ者の沢山なるよりは又当家の人のなきはましなるべし、如件御用に立衆をば旁々の被成様にて恐怖をもたせ、皆御用にたゝぬ様に成べし素より長閑·大炊介両人御取成しの衆は、荒川·村井が如くに大事の時分はこと〳〵くにげちらん、
書き下し
只今かた〳〵両人の仕形にては、我等式無之、後は我気を取者ばかり召し挙げて、信玄公の御代よりほまれを取たる人々の、長篠にて死にのこり少しあると存ずれども、余所の国にて覚へ者の沢山なるよりは又当家の人のなきはましなるべし、如件御用に立衆をば旁々の被成様にて恐怖をもたせ、皆御用にたゝぬ様に成べし素より長閑·大炊介両人御取成しの衆は、荒川·村井が如くに大事の時分はこと〳〵くにげちらん、
現代語訳
ただ今、方々両人の仕形にては、我ら式もこれなく、後は我が気を取る者ばかりを召し挙げて、信玄公の御代より誉れを取りたる人々の、長篠にて死に残りが少しあると存ずれども、よその国にて覚えの者が沢山なるよりは、また当家に人のなきはましなるべし。件のごとく、御用に立つ衆をば方々のなされようにて恐怖を持たせ、みな御用に立たぬようになるべし。もとより長閑・大炊介の両人が御取り成しの衆は、荒川・村井のごとくに大事の時分はことごとく逃げ散らん。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
-
『甲陽軍鑑』品第四十三是一対二人之人也一他国へはたらきの時、其国の案内能く知たる人の事一諸傍輩にすぐれ、わが主君をよくたつとぶの事、是一対二人なり一物よくしつて、うわつらになく古人の理に徹して唐·日本にて侍手がらのうはさ有様に申人の事一坊主·町人·百姓いづれ成共計策能するものゝ事一是一対二人なり一忍よくする者の事一かねほり、是一対二人也右一二人にてすくなしといへども、
-
尚書・冏命慎みて乃の僚を簡べ、巧言令色、便辟側媚を以てすること無かれ、其れ惟れ吉士なるべし。
-
尚書・立政今自り立政するに、其れ憸人を以てすること勿かれ、其れ惟れ吉士のみ。
-
『甲陽軍鑑』品第四十三右三対六人の人陣の時大に嫌ふ人也△陣の時大将崇敬なさるゝ人一対づゝ五対合十人一才覚有りて勘定たけく、能き智恵深く、能く損徳の考して理非の二ツには理の方へ近く分別して、蔵よく賂ふ人の事、是一対二人也一心すくやかにて、まなこきゝて分別·才覚有て武道にさかしく、よく物いふ人の事一縦ひ無才覚なり共、分別なく共、物いふ事速かになく共、口わろく共、無能なり共、ねてもさめても武道心がくる人ありて左様のものを大将のみしり給ひ、念比なさるればことくく諸傍輩武篇を心がくる也、
-
尚書・咸有一德官に任ずるには惟れ賢材、左右には惟れ其の人。