甲陽軍鑑 / 品第四十七
一族の義なり、奉行といひ代官·正員にますと、むかしが今にいたるまで申しならはし候へば、我等が分國中にて降參の侍三代めしつかひ、又は我等まで二十七代に傳はる大將共なり共、惣別大小ともに其方などに慮外は有るまじき所に申さんや、あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者なり、只今身を仕あげたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候、小身者の躰にて直參ならばたゞのものをさへ敬ふべきに、それがしの一族といひ奉行といひ、其方に雜言かつうは某をかろしめたる所なり、
新字:一族の義なり、奉行といひ代官·正員にますと、むかしが今にいたるまで申しならはし候へば、我等が分国中にて降参の侍三代めしつかひ、又は我等まで二十七代に伝はる大将共なり共、惣別大小ともに其方などに慮外は有るまじき所に申さんや、あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者なり、只今身を仕あげたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候、小身者の体にて直参ならばたゞのものをさへ敬ふべきに、それがしの一族といひ奉行といひ、其方に雑言かつうは某をかろしめたる所なり、
書き下し
一族の義なり、奉行といひ代官·正員にますと、むかしが今にいたるまで申しならはし候へば、我等が分国中にて降参の侍三代めしつかひ、又は我等まで二十七代に伝はる大将共なり共、惣別大小ともに其方などに慮外は有るまじき所に申さんや、あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者なり、只今身を仕あげたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候、小身者の体にて直参ならばたゞのものをさへ敬ふべきに、それがしの一族といひ奉行といひ、其方に雑言かつうは某をかろしめたる所なり、
現代語訳
一族の義である。奉行と言い、代官・正員に増すと、昔が今に至るまで申し習わし候えば、我らが分国中にて降参の侍を三代召し使い、または我らまで二十七代に伝わる大将どもなりとも、総別、大小ともにその方などに慮外はあるまじき所に、申さんや。あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者である。ただ今、身を仕り上げたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候。小身者の体にて直参ならば、ただの者をさえ敬うべきに、それがしの一族と言い奉行と言い、その方に雑言、かつうはそれがしを軽しめたる所である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十七此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七さて曲淵申すは、直にうち合ひてそれ程に存分いはんと小者中間づれのきく所にてなにしに申すべき、催促をひかずして我等身上のつぶるゝ様に板垣弥次郎殿さしまさば、頸を打ちおとして進ずべきとこそ存ずれと曲淵いふ、弥次郎此上は何共仕べきやうなし、ころす事も扶持はなす事もならず、子細は信玄公御存知の者といひ、其上剛の兵にて、何れの大将衆も曲淵を預りたがるなれば、事故なく座敷を立ち少左衛門は家へ帰る、
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『甲陽軍鑑』品第四十七然れば板垣被官·曲淵少左衛門と申す者数度武辺誉ある故取りあげ、信玄公御被官になされ、板垣には同心と仰せわたされ候、殊更板垣信形討死の後、子息板垣弥次郎代になり、よの同心衆も同前に曲淵知行にある段銭催促いたす、父信形代には段銭の事、上より知行にむすび板垣に下さることいへども、曲淵手前計りをば信形とらずして指し置く、但しつかはすとはいはず年々合力の心なり、惣別何の家中にも同心衆棟別段銭の事御蔵入にてなし、人に給はる程なれば、其寄親へ知行に積り下さるゝなり、
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『甲陽軍鑑』品第四十七長坂長閑·跡部大炊助申す、それはあの旁、信玄公御心をよく存ぜられずしてさやう也、あの曲淵ほどの者は旗本の事は申すに及ばず、甲州·信州·上州へかけては二千も三千もあらん、其上主又は寄親をさやうに悪口申す、頭の下知につかざるは大悪事なりとて、則ち長坂長閑·跡部大炊介御機嫌を見合せ、曲淵が板垣弥次郎へ雑言の次第申上る、信玄公聞し召しおほきにわらひ給ふ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七四奉行腹立ち給ふ様に候へ共、三人は遠慮して其挨拶もなし、其中に小身にて候へ共桜井殿は、ちかき御親類の事なれば、いひかね之給ふ色もなく腹をたて御申し候は、曲淵殿は近来勿体なき事を承り候物かな、上義をかろしめ申すにこそ、さやうのさたもあるべきに、是程御法度つよき文·武二道のほまれ、誠に近国·他国までゆかしくまします御大将のしたにて、さやうのうしろぐろき事を仕るべく候や、重ねて公事をなされ候はゞ理屈を持ち参り候へ、無理なる事に候はゞ金銀·米銭を、たとへば車につみ持ち来り候とも、其方まけたるべしと御申し候へば、
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『甲陽軍鑑』品第四十七扨て弥次郎·飯富三郎兵衛·原隼人両人を頼み、此事を内々にて御耳へいれて給はれと申す、両人曲淵を上様秘蔵なさるゝ者なればなるまじきとてうちおかる、又長坂長閑·跡部大炊介を頼みければ、両人申すは尤も申しあぐべし、今程人の形義·作法肝要になさるゝ間、申上るに付ては大略彼の曲淵は御成敗なるべし、板垣弥次郎申すは、飯富三郎兵衛·原隼人は曲淵上様御秘蔵の者なると申して、両所は請をはずといへば、