甲陽軍鑑 / 品第四十七
四奉行腹立ち給ふ樣に候へ共、三人は遠慮して其挨拶もなし、其中に小身にて候へ共櫻井殿は、ちかき御親類の事なれば、いひかね之給ふ色もなく腹をたて御申し候は、曲淵殿は近來勿体なき事を承り候物かな、上義をかろしめ申すにこそ、さやうのさたもあるべきに、是程御法度つよき文·武二道のほまれ、誠に近國·他國までゆかしくまします御大將のしたにて、さやうのうしろぐろき事を仕るべく候や、重ねて公事をなされ候はゞ理屈を持ち參り候へ、無理なる事に候はゞ金銀·米錢を、たとへば車につみ持ち來り候とも、其方まけたるべしと御申し候へば、
新字:四奉行腹立ち給ふ様に候へ共、三人は遠慮して其挨拶もなし、其中に小身にて候へ共桜井殿は、ちかき御親類の事なれば、いひかね之給ふ色もなく腹をたて御申し候は、曲淵殿は近来勿体なき事を承り候物かな、上義をかろしめ申すにこそ、さやうのさたもあるべきに、是程御法度つよき文·武二道のほまれ、誠に近国·他国までゆかしくまします御大将のしたにて、さやうのうしろぐろき事を仕るべく候や、重ねて公事をなされ候はゞ理屈を持ち参り候へ、無理なる事に候はゞ金銀·米銭を、たとへば車につみ持ち来り候とも、其方まけたるべしと御申し候へば、
書き下し
四奉行腹立ち給ふ様に候へ共、三人は遠慮して其挨拶もなし、其中に小身にて候へ共桜井殿は、ちかき御親類の事なれば、いひかね之給ふ色もなく腹をたて御申し候は、曲淵殿は近来勿体なき事を承り候物かな、上義をかろしめ申すにこそ、さやうのさたもあるべきに、是程御法度つよき文·武二道のほまれ、誠に近国·他国までゆかしくまします御大将のしたにて、さやうのうしろぐろき事を仕るべく候や、重ねて公事をなされ候はゞ理屈を持ち参り候へ、無理なる事に候はゞ金銀·米銭を、たとへば車につみ持ち来り候とも、其方まけたるべしと御申し候へば、
現代語訳
四奉行は腹を立ち給うようにて候えども、三人は遠慮してその挨拶もなし。その中に、小身にて候えども桜井殿は近き御親類の事であれば、言いかね給う色もなく腹を立てて御申し候は、曲淵殿は近来もったいなき事を承り候ものかな。上義を軽しめ申すにこそ、さような沙汰もあるべきに、これほど御法度つよき文・武二道の誉れ、まことに近国・他国までゆかしくまします御大将の下にて、さような後ろ暗き事を仕るべく候や。重ねて公事をなされ候わば理屈を持ち参り候え。無理なる事に候わば、金銀・米銭をたとえば車に積み持ち来り候とも、その方は負けたるべしと御申し候えば。
解説
この章句が説くこと
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『秘本玉くしげ』下 賄賂の損得すべて世中に此筋盛んなるゆゑに、おのづから国政正しくは行はれがたく、又上に損失ある事おびただしく、下にも損害甚多し。たとへば、金千両入べきところをも、役人へ三百両賄すれば五百両にてすむゆゑに、下にも二百両の得あれども、上には五百両だけの所の損あり。或は五百両にてすむべき事も、賄をせざれば七百両も八百両も入りて、其二百両三百両は脇道へぬけ行やうの事も有て、上にも利なく、下には大損ありて、あまつさへ上を恨み奉ること甚し。されば、国政の大害、下民の大害、此賄に過たるはなし。
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尚書・呂刑獄貨は寶に非ず。
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『論語と算盤』理想と迷信・これは果して絶望かこの関係を押し進めて政治にせよ、法律にせよ、軍事にせよ、あらゆる事柄をこの仁義道徳に一致させなければいけない。一方は仁義道徳に従って正しき商売の道を踏んでも、一方が賄賂を要請するというような片足ではいけない。世の中のことはほとんど車を回すようなもので、お互いに仁義道徳を守って行かなければ、必ずどこかに扞格を生ずるのであるから、一切の事柄をして仁義道徳に合致せしむるよう、相互に努めなければならぬ。この主義を十分に拡大して広く社会に行うならば、賄賂などというような、忌まわしいことは自ずと止むに至るであろう。