甲陽軍鑑 / 品第四十七
此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも當座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元來我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の樣なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣彌次郎申さるゝ、
新字:此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
書き下し
此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
現代語訳
これもまた遠慮なく、早々に曲淵を呼び対面して、まことにその方は我らに存分を言わんと申すか。この催促いたす事はそれがしの知行の事である。父の信形はその方へも当座の合力をせらるる。我らはまた今ほど若き衆と付き合い、そのうえ諸方への似合わしき順儀もあれば、方々にむざと合力してはならぬ。要らぬ所に物言いをして肝を煎らするのみならず、我らに理を言わんという不届きである。そもそもその方は元来、我らの親の被官筋であるけれども、信玄公が無理をなされ同心にと仰せ出だされるにつき、今は傍輩のような物ぞかし。我らへ存分だては、さらに聞こえぬ事と板垣弥次郎が申さるる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十七然れば板垣被官·曲淵少左衛門と申す者数度武辺誉ある故取りあげ、信玄公御被官になされ、板垣には同心と仰せわたされ候、殊更板垣信形討死の後、子息板垣弥次郎代になり、よの同心衆も同前に曲淵知行にある段銭催促いたす、父信形代には段銭の事、上より知行にむすび板垣に下さることいへども、曲淵手前計りをば信形とらずして指し置く、但しつかはすとはいはず年々合力の心なり、惣別何の家中にも同心衆棟別段銭の事御蔵入にてなし、人に給はる程なれば、其寄親へ知行に積り下さるゝなり、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七一族の義なり、奉行といひ代官·正員にますと、むかしが今にいたるまで申しならはし候へば、我等が分国中にて降参の侍三代めしつかひ、又は我等まで二十七代に伝はる大将共なり共、惣別大小ともに其方などに慮外は有るまじき所に申さんや、あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者なり、只今身を仕あげたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候、小身者の体にて直参ならばたゞのものをさへ敬ふべきに、それがしの一族といひ奉行といひ、其方に雑言かつうは某をかろしめたる所なり、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七さるに付子息板垣弥次郎曲淵段銭をも各なみに催促仕る、曲淵申すは、父騎河守信形代のごとくに給はれと云ふ、弥次郎申すは、駿河守代にも当意の合力にてこそあれ、つかはすとは是なし、我等は駿河守代とはらがふて、今ははや信玄公御家ひろう成りければ、諸傍輩へ対し人の用にもたゝんとすれば、知行取る面々に合力の事其費へ所詮なし、今は合戦もむかしの様に細々なければおほへの人もいらぬ、曲淵殿に合力の事は父騎河守は何ともあれ、それがし代には合力申す事ならずと板垣弥次郎申され、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七さて曲淵申すは、直にうち合ひてそれ程に存分いはんと小者中間づれのきく所にてなにしに申すべき、催促をひかずして我等身上のつぶるゝ様に板垣弥次郎殿さしまさば、頸を打ちおとして進ずべきとこそ存ずれと曲淵いふ、弥次郎此上は何共仕べきやうなし、ころす事も扶持はなす事もならず、子細は信玄公御存知の者といひ、其上剛の兵にて、何れの大将衆も曲淵を預りたがるなれば、事故なく座敷を立ち少左衛門は家へ帰る、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七弥二郎二百人あまりの同心被官共、殿の御道理千万と各々申す、曲淵も弥二郎様道理にてまします、但し直にうち合ひて存分いはんとは我等も中々申さぬになき事にて候、それは是の賂ひなさるゝ衆作りことにて御座候と曲淵申す、そこにて板垣弥次郎も腹をゐて、それはげにさぞ有らん、其方自余の人にかはり、右申すごとく被官すぢなれば縦ひ誰人申す共、曲淵は左様あるまじきと、いかにも弥次郎無事なる申され様にてあり、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七五十人曲淵方へ催促につくる、曲淵一切賂ひせず、各々中間も申す、是非共饗応給へと云ふ、曲淵申すは、ふるまふ物あるならば何とて催促をうくべきぞとて振舞いたさず、今の中間共申すは、さるに付ては狼籍を仕るべきと云ふ、曲淵申すは、旁心に任せ狼籍を仕たくは仕れ、小者共には取りあふまじ、曲淵と板垣弥次郎と打合ひての存分ありといへば、催促の者共狼籍ならずして帰る、