甲陽軍鑑 / 品第四十七
然れば板垣被官·曲淵少左衛門と申す者數度武邊譽ある故取りあげ、信玄公御被官になされ、板垣には同心と仰せわたされ候、殊更板垣信形討死の後、子息板垣彌次郞代になり、よの同心衆も同前に曲淵知行にある段錢催促いたす、父信形代には段錢の事、上より知行にむすび板垣に下さることいへども、曲淵手前計りをば信形とらずして指し置く、但しつかはすとはいはず年々合力の心なり、惣別何の家中にも同心衆棟別段錢の事御藏入にてなし、人に給はる程なれば、其寄親へ知行に積り下さるゝなり、
新字:然れば板垣被官·曲淵少左衛門と申す者数度武辺誉ある故取りあげ、信玄公御被官になされ、板垣には同心と仰せわたされ候、殊更板垣信形討死の後、子息板垣弥次郎代になり、よの同心衆も同前に曲淵知行にある段銭催促いたす、父信形代には段銭の事、上より知行にむすび板垣に下さることいへども、曲淵手前計りをば信形とらずして指し置く、但しつかはすとはいはず年々合力の心なり、惣別何の家中にも同心衆棟別段銭の事御蔵入にてなし、人に給はる程なれば、其寄親へ知行に積り下さるゝなり、
書き下し
然れば板垣被官·曲淵少左衛門と申す者数度武辺誉ある故取りあげ、信玄公御被官になされ、板垣には同心と仰せわたされ候、殊更板垣信形討死の後、子息板垣弥次郎代になり、よの同心衆も同前に曲淵知行にある段銭催促いたす、父信形代には段銭の事、上より知行にむすび板垣に下さることいへども、曲淵手前計りをば信形とらずして指し置く、但しつかはすとはいはず年々合力の心なり、惣別何の家中にも同心衆棟別段銭の事御蔵入にてなし、人に給はる程なれば、其寄親へ知行に積り下さるゝなり、
現代語訳
しかれば、板垣の被官、曲淵少左衛門と申す者は数度の武辺の誉れがあるゆえに取り上げ、信玄公の御被官になされ、板垣には同心と仰せ渡され候。ことさら板垣信形の討死の後、子息の板垣弥次郎の代になり、他の同心衆も同前に、曲淵の知行にある段銭を催促いたす。父の信形の代には段銭の事、上より知行に結び板垣に下さる事と言えども、曲淵の手前ばかりをば信形は取らずして差し置く。ただし遣わすとは言わず、年々の合力の心である。惣別、どの家中にも同心衆の棟別・段銭の事は御蔵入にてなし、人に給わるほどであれば、その寄親へ知行に積もり下さるるのである。
解説
この章句が説くこと
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『甲陽軍鑑』品第四十七此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七さるに付子息板垣弥次郎曲淵段銭をも各なみに催促仕る、曲淵申すは、父騎河守信形代のごとくに給はれと云ふ、弥次郎申すは、駿河守代にも当意の合力にてこそあれ、つかはすとは是なし、我等は駿河守代とはらがふて、今ははや信玄公御家ひろう成りければ、諸傍輩へ対し人の用にもたゝんとすれば、知行取る面々に合力の事其費へ所詮なし、今は合戦もむかしの様に細々なければおほへの人もいらぬ、曲淵殿に合力の事は父騎河守は何ともあれ、それがし代には合力申す事ならずと板垣弥次郎申され、
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『甲陽軍鑑』品第四十七板垣弥次郎·曲淵少左衛門公事之事一甲州にて侍大将衆同心に預けをかるゝ侍共、知行百貫とる者大形五十貫は名田と申す物にて、年貢少しづゝ出し、残りは其地主知行にふみてとる、右少しづゝの年貢は、名田の中に段銭と云ふ物を撰び出し、高にふみ又別人に下さるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七然れ共彼の曲淵には子細あり、一年板垣弥次郎が本郷八郎左衛門小身とてあなづり、慮外をいたし本郷八郎左衛門に板垣斬られ候、慮外は大小共によらず我家の法度に申し定め候間、其様子さま〳〵あらため、少しも依姑のなきやうに手をまはして能々聞き候へば、本郷八郎左衛門道理なる故に其まゝ置き候、然れ共相手板垣なれば、仕付けのために彼の本郷を座敷籠にいれ置き候所に、本郷を御成敗なき事は板垣をば信玄が殺し候とて、曲淵それがしをねらひ候事其かくれなし、其刻流罪にもおこなふべき事なれども、
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『甲陽軍鑑』品第四十七さて曲淵申すは、直にうち合ひてそれ程に存分いはんと小者中間づれのきく所にてなにしに申すべき、催促をひかずして我等身上のつぶるゝ様に板垣弥次郎殿さしまさば、頸を打ちおとして進ずべきとこそ存ずれと曲淵いふ、弥次郎此上は何共仕べきやうなし、ころす事も扶持はなす事もならず、子細は信玄公御存知の者といひ、其上剛の兵にて、何れの大将衆も曲淵を預りたがるなれば、事故なく座敷を立ち少左衛門は家へ帰る、
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『甲陽軍鑑』品第四十七一族の義なり、奉行といひ代官·正員にますと、むかしが今にいたるまで申しならはし候へば、我等が分国中にて降参の侍三代めしつかひ、又は我等まで二十七代に伝はる大将共なり共、惣別大小ともに其方などに慮外は有るまじき所に申さんや、あの曲淵めは昨日今日に至るまで板垣が小者だちの者なり、只今身を仕あげたる分にて、飯富四郎が同心に預け置き候、小身者の体にて直参ならばたゞのものをさへ敬ふべきに、それがしの一族といひ奉行といひ、其方に雑言かつうは某をかろしめたる所なり、