甲陽軍鑑 / 品第四十七
或時彼の曲淵公事を仕負け、座敷を立ちながら此度の公事はわたくしまけまじき公事なれ共、奉行衆へ音信を仕らざる故負い候なり、重ねて公事をいたし候はゞ是非共栗柿を用意し持て參るべく候、ことに我等の在所は、さはし柿の上手にて候へば、重ねて持參申すべく候と雜言仕る、
新字:或時彼の曲淵公事を仕負け、座敷を立ちながら此度の公事はわたくしまけまじき公事なれ共、奉行衆へ音信を仕らざる故負い候なり、重ねて公事をいたし候はゞ是非共栗柿を用意し持て参るべく候、ことに我等の在所は、さはし柿の上手にて候へば、重ねて持参申すべく候と雑言仕る、
書き下し
或時彼の曲淵公事を仕負け、座敷を立ちながら此度の公事はわたくしまけまじき公事なれ共、奉行衆へ音信を仕らざる故負い候なり、重ねて公事をいたし候はゞ是非共栗柿を用意し持て参るべく候、ことに我等の在所は、さはし柿の上手にて候へば、重ねて持参申すべく候と雑言仕る、
現代語訳
ある時、かの曲淵が公事に仕負け、座敷を立ちながら、この度の公事は私が負けまじき公事であるけれども、奉行衆へ音信を仕らざるゆえに負い候なり。重ねて公事をいたし候わば、是非とも栗柿を用意し持って参るべく候。ことに我らの在所は渋し柿の上手にて候えば、重ねて持参申すべく候と雑言仕る。
解説
負けた席を立ちながら、負けたのは付け届けをしなかったからだと言い、次は栗と柿を持ってくると言う。しかも自分の在所は渋柿の名産だと付け加える。皮肉が、贈り物の品名まで具体的になっている。皮肉が、贈り物の品名まで具体的になっている。負けたのは付け届けをしなかったからだと言い、次は栗と柿を持ってくる、自分の在所は渋柿の名産だと付け加える。
この章句が説くこと
音信付届け皮肉栗柿曲淵負け
関連する章句
-
『甲陽軍鑑』品第四十七五十人曲淵方へ催促につくる、曲淵一切賂ひせず、各々中間も申す、是非共饗応給へと云ふ、曲淵申すは、ふるまふ物あるならば何とて催促をうくべきぞとて振舞いたさず、今の中間共申すは、さるに付ては狼籍を仕るべきと云ふ、曲淵申すは、旁心に任せ狼籍を仕たくは仕れ、小者共には取りあふまじ、曲淵と板垣弥次郎と打合ひての存分ありといへば、催促の者共狼籍ならずして帰る、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七曲淵少左衛門座敷をたち、かたなをさし、又奉行所へゆき、奉行衆に向ひ手をつき謹で申すは、桜井殿には御位と御出頭はまけ申すべく候、切あひぐらは勝ち申すべく候間、これ口惜しくおぼしめし候はゞ只今御出候へ、塲中にてすかうをきりくだき進すべきよし申して、刀をねぢまはし座敷を立ち候、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七四奉行腹立ち給ふ様に候へ共、三人は遠慮して其挨拶もなし、其中に小身にて候へ共桜井殿は、ちかき御親類の事なれば、いひかね之給ふ色もなく腹をたて御申し候は、曲淵殿は近来勿体なき事を承り候物かな、上義をかろしめ申すにこそ、さやうのさたもあるべきに、是程御法度つよき文·武二道のほまれ、誠に近国·他国までゆかしくまします御大将のしたにて、さやうのうしろぐろき事を仕るべく候や、重ねて公事をなされ候はゞ理屈を持ち参り候へ、無理なる事に候はゞ金銀·米銭を、たとへば車につみ持ち来り候とも、其方まけたるべしと御申し候へば、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
-
『甲陽軍鑑』品第四十七さて中間共曲淵が様子を蔵衆に申し候、何方も蔵法師慾徳の事には、種々勘もあれ共、町人に相似たる物なる故、武士道無案内にて、をのれをもつて人にたくらぶると古人の申すごとく、曲淵が剛なる意地も遠慮なく催促の中間共申す口を即時に板垣弥次郎に申しきかする、弥次郎もわかげの至りにて有る故、是も又遠慮なく早々曲淵をよび対面して誠に其方は我等に存分をいはんと申すか、
-
『甲陽軍鑑』品第四十渋神をきりて木練をつぐは小身成者のことわざなり、中身よりうへの侍、殊に国持人は猶以て渋柿にて其用所達すること多し、但し徳多しと申て、つぎてある木練をきるにはあらず、一切の仕置かくの分なるべきかとのたまふなり、