甲陽軍鑑 / 品第四十七
上下の批判に、曲淵をまねて手がらもなき者は中々いはんとも思ふまじ、又功もなくしていふならば、よその氣まうもはづかしかるべし、心有るほどの人は手抦なくしてはいはんとも、おもはずいふてもおかしき事也と、諸人取りさたは信玄公御ことばに心の付らるゝ御意の故なり、
新字:上下の批判に、曲淵をまねて手がらもなき者は中々いはんとも思ふまじ、又功もなくしていふならば、よその気まうもはづかしかるべし、心有るほどの人は手抦なくしてはいはんとも、おもはずいふてもおかしき事也と、諸人取りさたは信玄公御ことばに心の付らるゝ御意の故なり、
書き下し
上下の批判に、曲淵をまねて手がらもなき者は中々いはんとも思ふまじ、又功もなくしていふならば、よその気まうもはづかしかるべし、心有るほどの人は手抦なくしてはいはんとも、おもはずいふてもおかしき事也と、諸人取りさたは信玄公御ことばに心の付らるゝ御意の故なり、
現代語訳
上下の批判に、曲淵を真似て手柄もなき者は、なかなか言わんとも思うまじ。また功もなくして言うならば、よその気もうも恥ずかしかるべし。心あるほどの人は、手柄なくしては言わんとも思わず、言うてもおかしき事であると、諸人の取り沙汰は、信玄公の御言葉に心の付けらるる御意のゆえである。
解説
上役に刃を抜いても構わないと言われて、家中が乱れはしなかった。手柄のない者が同じ口をきけば恥をかくだけだと、誰もが分かっているからである。許しの言葉が、逆に自分を量らせる働きをしている。許しの言葉が、逆に自分を量らせる働きをしている。手柄のない者が同じ口をきけば恥をかくだけだと誰もが分かっているので、家中は乱れなかった。
この章句が説くこと
許し自制手柄恥取り沙汰信玄
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