甲陽軍鑑 / 品第四十七
彼の曲淵めは、さんぬる時分信州おたりの城において、城主そなへを出す刻板垣信形さき番にあたる時、彼のおたりと板垣のせり合ひ仕る塲にて、廣瀨郷左衛門猪子才藏鑓をあはする、其上、人を討ち、彼の曲淵みしな傳右衛門鑓下の高名をする、おたりの者共しまけて城へつぼむ、それがし見切り、明日板垣信形が備に旗本の若者共指し添へ、內藤修理·原隼人·道遙軒を大將にして、五千を以てせめんと定むる、
新字:彼の曲淵めは、さんぬる時分信州おたりの城において、城主そなへを出す刻板垣信形さき番にあたる時、彼のおたりと板垣のせり合ひ仕る塲にて、広瀨郷左衛門猪子才蔵鑓をあはする、其上、人を討ち、彼の曲淵みしな伝右衛門鑓下の高名をする、おたりの者共しまけて城へつぼむ、それがし見切り、明日板垣信形が備に旗本の若者共指し添へ、内藤修理·原隼人·道遥軒を大将にして、五千を以てせめんと定むる、
書き下し
彼の曲淵めは、さんぬる時分信州おたりの城において、城主そなへを出す刻板垣信形さき番にあたる時、彼のおたりと板垣のせり合ひ仕る塲にて、広瀨郷左衛門猪子才蔵鑓をあはする、其上、人を討ち、彼の曲淵みしな伝右衛門鑓下の高名をする、おたりの者共しまけて城へつぼむ、それがし見切り、明日板垣信形が備に旗本の若者共指し添へ、内藤修理·原隼人·道遥軒を大将にして、五千を以てせめんと定むる、
現代語訳
かの曲淵めは、去んぬる時分、信州小谷の城において、城主が備えを出す刻、板垣信形が先番に当たる時、かの小谷と板垣の競り合いいたす場にて、広瀬郷左衛門・猪子才蔵が鑓を合わする。そのうえ人を討ち、かの曲淵、三品伝右衛門が鑓下の高名をする。小谷の者どもは仕負けて城へ窄む。それがし見切り、明日、板垣信形が備に旗本の若者どもを差し添え、内藤修理・原隼人・逍遥軒を大将にして、五千をもって攻めんと定むる。
解説
犬にたとえた口で、その者の戦場での働きを一つずつ挙げ始める。競り合いで鑓下の高名を立て、相手が城へ引っ込んだのを見切って、翌日の総攻めを自ら定める。悪口の訴えが、いつのまにか働きの記録に変わっている。悪口の訴えが、いつのまにか働きの記録に変わっている。犬にたとえた口で、競り合いの鑓下の高名や、翌日の総攻めを自ら定めた場面を一つずつ挙げていく。
この章句が説くこと
小谷城鑓下高名見切り曲淵信玄
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十七又小幡山城がむすこ小幡弥次郎おたりの城主を、弟の次郎左衛門其城二のくるわの主なるをうち、則ち其内にて家老をいたす者の頸一ツ合せて三ツとり、高名をしてさいはいをそへ持ち来る、五千の中旗本に二人、先衆に二人合せて四人にすくれたる彼の曲淵、手疵もはやいままでに二十ヶ所あまりかうふるときく、あのやうなる者一備の中に一両人づゝあれば、若者共たしなみてあのごとく手がらを仕り、主や寄親にはをぬきても大事なしとて、殊の外よき者おほく出くる物なりと仰せ出さるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七其刻広瀨郷左衛門申すは、我等よき馬をもたず、明日城責めあるならば高名にはかまふまじ、今朝城主が乗て出たりし金の馬鎧かけたる馬をとらんとことはり、其ごとく翌日城へおしこみ馬を取り、曲淵も前の日広瀨と一所にて我等は城主の頸をとらんと、諸傍輩のきく所にて板垣信形にことはり、其通り城主を討ち旗本にて諏訪越中が長柄を二本とりて人を十五六人たゝきころばし、其後よき侍を一人頸をねぢきりし、糸のごとくに筋のみへたる頸をもちきたる、
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『甲陽軍鑑』品第四十七さて曲淵申すは、直にうち合ひてそれ程に存分いはんと小者中間づれのきく所にてなにしに申すべき、催促をひかずして我等身上のつぶるゝ様に板垣弥次郎殿さしまさば、頸を打ちおとして進ずべきとこそ存ずれと曲淵いふ、弥次郎此上は何共仕べきやうなし、ころす事も扶持はなす事もならず、子細は信玄公御存知の者といひ、其上剛の兵にて、何れの大将衆も曲淵を預りたがるなれば、事故なく座敷を立ち少左衛門は家へ帰る、
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『甲陽軍鑑』品第四十七此催促仕る事は某知行の事なり、父信形は其方へも当座の合力せらるゝ、我等は又今程わかき衆とつきあひ、其上諸方への似あはしき順儀もあれば、旁にむざと合力してはならぬ、いらぬ所に物いひをして肝をいらするのみならず、我等にことはりをいはんといふ不届なり、抑々其方は元来我等親の被官すぢなれ共、信玄公無理をなされ同心にと仰せ出さるゝにつき、今は傍輩の様なる物ぞかし、我等へ存分だては、さらにきこへぬ事と板垣弥次郎申さるゝ、
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『甲陽軍鑑』品第四十七惣別御幼少よりも終に高わらひなどなされざる大将にて、況哉はや三十四五の時分は、四十五十の人より真なる信玄公、此度曲淵が申分にて御腹をかゝへ給ふほどわらはせられ、そのゝち仰せ出されける、扨しも曲淵めは物をしらぬ奴哉、たゞ犬のごとくなる物なり、犬が来て花壇をふみちらし、杖をとりておへば、をのれが狼籍さし置き、杖にて追人を鼻にしはをよせ、ほへてのくといへどもしゝや狐·狸にかけてはいさぎよし、
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『甲陽軍鑑』品第四十七然れ共彼の曲淵には子細あり、一年板垣弥次郎が本郷八郎左衛門小身とてあなづり、慮外をいたし本郷八郎左衛門に板垣斬られ候、慮外は大小共によらず我家の法度に申し定め候間、其様子さま〳〵あらため、少しも依姑のなきやうに手をまはして能々聞き候へば、本郷八郎左衛門道理なる故に其まゝ置き候、然れ共相手板垣なれば、仕付けのために彼の本郷を座敷籠にいれ置き候所に、本郷を御成敗なき事は板垣をば信玄が殺し候とて、曲淵それがしをねらひ候事其かくれなし、其刻流罪にもおこなふべき事なれども、