甲陽軍鑑 / 品第四十七
板垣彌次郞·曲淵少左衞門公事之事一甲州にて侍大將衆同心に預けをかるゝ侍共、知行百貫とる者大形五十貫は名田と申す物にて、年貢少しづゝ出し、殘りは其地主知行にふみてとる、右少しづゝの年貢は、名田の中に段錢と云ふ物を撰び出し、高にふみ又別人に下さるゝ、
新字:板垣弥次郎·曲淵少左衛門公事之事一甲州にて侍大将衆同心に預けをかるゝ侍共、知行百貫とる者大形五十貫は名田と申す物にて、年貢少しづゝ出し、残りは其地主知行にふみてとる、右少しづゝの年貢は、名田の中に段銭と云ふ物を撰び出し、高にふみ又別人に下さるゝ、
書き下し
板垣弥次郎·曲淵少左衛門公事之事一甲州にて侍大将衆同心に預けをかるゝ侍共、知行百貫とる者大形五十貫は名田と申す物にて、年貢少しづゝ出し、残りは其地主知行にふみてとる、右少しづゝの年貢は、名田の中に段銭と云ふ物を撰び出し、高にふみ又別人に下さるゝ、
現代語訳
板垣弥次郎・曲淵少左衛門の公事の事。一、甲州にて侍大将衆の同心に預け置かるる侍ども、知行百貫を取る者は大形五十貫が名田と申す物にて、年貢を少しずつ出し、残りはその地主が知行に踏みて取る。右の少しずつの年貢は、名田の中に段銭という物を選び出し、高に踏み、また別人に下さるる。
解説
争いの前に、まず仕組みが説明される。知行の半分は名田で、そこから少しずつ出る年貢のうち段銭という分を切り出して別の人に与える。誰が誰から何を取る形になっているかが、先に置かれている。誰が誰から何を取る形になっているかが、先に置かれている。知行の半分が名田で、そこから出る年貢のうち段銭という分を切り出して別の人に与えるという、入り組んだ仕組みである。
この章句が説くこと
知行名田段銭年貢仕組み同心
関連する章句
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孟子・離婁章句上孟子曰く、「離婁の明、公輸子の巧も、規矩を以てせざれば、方員を成すこと能わず。師曠の聰も、六律を以てせざれば、五音を正すこと能わず。堯舜の道も、仁政を以てせざれば、天下を平治すること能わず。今、仁心仁聞有りて、而も民其の澤を被らず、後世に法る可からざる者は、先王の道を行わざればなり。故に曰く、『徒善は以て政を為すに足らず、徒法は以て自ら行わるること能わず。』詩に云う、『愆らず忘れず、舊章に率い由る。』先王の法に遵いて過つ者は、未だ之れ有らざるなり。聖人既に目の力を竭くし、之に繼に規矩準繩を以てす。以て方員平直を為すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に耳力を竭くし、之に繼ぐに六律を以てす。五音を正すこと、用うるに勝う可からざるなり。既に心思を竭くし、之に繼ぐに人に忍びざるの政をを以てす。而うして仁天下を覆う。故に曰く、『高きを為すには、必ず丘陵に因り、下きを為すには、必ず川澤に因る。』政を為すに、先王の道に因らずんば、智と謂う可けんや。是を以て惟だ仁者のみ宜しく高位に在るべし。不仁にして高位に在るは、是れ其の惡を衆に播するなり。上に道揆無く、下に法守無く、朝は道を信ぜず、工は度を信ぜず、君子は義を犯し、小人は刑を犯して、國の存する所の者は幸いなり。故に曰く、『城郭完からず、兵甲多からざるは、國の災いに非ざるなり。田野辟けず、貨財聚まらざるは、國の害に非ざるなり。』上、禮無く、下、學無ければ、賊民興り、喪ぶること日無けん。詩に曰く、『天の方に蹶(くつがえす)えさんとする、然く泄泄すること無かれ。』泄泄とは、猶ほ沓沓のごときなり。君に事えて義無く、進退禮無く、言えば則ち先王の道を非る者は、猶ほ沓沓のごときなり。故に曰く、『難きを君に責む、之を恭と謂う。善を陳べ邪を閉づる、之を敬と謂う。吾が君能わずとす、之を賊と謂う。』」
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