甲陽軍鑑 / 品第四十七
彼靑柳柳ノ介我手前にて增城源八一人にてしとむると申すは、まへしづの心ざしさうなれど、心も定まらず萬展轉して、第一は義理に遠し、就中武士道不案内なる申分なり、縱へば春は長閑なる物とて、正月元日より其まゝ長閑にはならぬぞ、次第に日數積り長閑になる、
新字:彼青柳柳ノ介我手前にて增城源八一人にてしとむると申すは、まへしづの心ざしさうなれど、心も定まらず万展転して、第一は義理に遠し、就中武士道不案内なる申分なり、縦へば春は長閑なる物とて、正月元日より其まゝ長閑にはならぬぞ、次第に日数積り長閑になる、
書き下し
彼青柳柳ノ介我手前にて增城源八一人にてしとむると申すは、まへしづの心ざしさうなれど、心も定まらず万展転して、第一は義理に遠し、就中武士道不案内なる申分なり、縦へば春は長閑なる物とて、正月元日より其まゝ長閑にはならぬぞ、次第に日数積り長閑になる、
現代語訳
かの青柳柳ノ介を我が手前にて、増城源八一人にて仕留めると申すのは、前しずの志はそうであれど、心も定まらず万に展転して、第一は義理に遠し。とりわけ武士道に不案内なる申し分である。たとえば、春は長閑なる物とて、正月元日よりそのまま長閑にはならぬぞ。次第に日数が積もりて長閑になる。
解説
自分ひとりで仕留めたという言い分を、義理に遠く武士道を知らない言い草だと退ける。そして春のたとえが置かれる。元日から急に暖かくなるのではなく、日数が積もって暖かくなる。結果は一点で起きるのではないという理屈である。結果は一点で起きるのではない、という理屈である。元日から急に暖かくなるのではなく日数が積もって暖かくなる、という春のたとえが、最後の一刀だけを誇る言い分を崩している。
この章句が説くこと
春日数積み重ね義理手柄譬え
関連する章句
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『甲陽軍鑑』品第四十七さて翌年未の正月、增城源八·長助·長八が御前のよきをそねみて、柳ノ介をば我等討てとらせたり、手負事も兄には四ケ所、弟は六ケ所、我等はわき人なれど八ケ所手負ひて、柳ノ介を某がしの殺したる故おぼへとらするとて增城源八郎申す口にて、源八が親類共ひろき者なれば、各々方々ありき、長沼長介·長八が手抦、我等親類の增城源八を頼たる故なりと申しひろむる、
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