甲陽軍鑑 / 品第四十七
其樣なる侍がかならず利發だてをして、身に自慢の心有て口をきく者也、さやうの人が卅にあまり四十に及ぶ共終に手抦もなき者なり、縱ひよき事一度斗り有るとも仕よき事たるべし、其樣成る者は能く人をだます故に、人每の機にあふてほめらるゝ、其者をみしらずして恩をあたゆるは、國持大將のおはきなるけがなり、
新字:其様なる侍がかならず利発だてをして、身に自慢の心有て口をきく者也、さやうの人が卅にあまり四十に及ぶ共終に手抦もなき者なり、縦ひよき事一度斗り有るとも仕よき事たるべし、其様成る者は能く人をだます故に、人毎の機にあふてほめらるゝ、其者をみしらずして恩をあたゆるは、国持大将のおはきなるけがなり、
書き下し
其様なる侍がかならず利発だてをして、身に自慢の心有て口をきく者也、さやうの人が卅にあまり四十に及ぶ共終に手抦もなき者なり、縦ひよき事一度斗り有るとも仕よき事たるべし、其様成る者は能く人をだます故に、人毎の機にあふてほめらるゝ、其者をみしらずして恩をあたゆるは、国持大将のおはきなるけがなり、
現代語訳
そのような侍が必ず利発だてをして、身に自慢の心があって口を利く者である。さような人が三十にあまり四十に及ぶとも、ついに手柄もなき者である。たとえよい事が一度ばかりあるとも、仕やすい事であるべし。そのような者はよく人をだますゆえに、人ごとの機に合うて褒めらるる。その者を見知らずして恩を与えるのは、国持大将の大きなる怪我である。
解説
口の利く者は誰の機嫌にも合うので、あちこちで褒められる。四十になるまで手柄がなく、あってもやりやすい仕事の中でだけだという。褒め声の多さが、かえって見分けの手がかりになっている。褒め声の多さが、かえって見分けの手がかりになっている。誰の機嫌にも合う者は、どこでも褒められるが、四十になるまで手柄がない。評判の広さと働きの厚みが、必ずしも一致していない。
この章句が説くこと
口達者自慢見分け恩大将褒め声
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