甲陽軍鑑 / 品第四十七
さて又增城源八·飯室喜藏·矢崎新九郞·石田長藏四人の者共長沼兄弟をすけたる所は尤も賴もしき心ざし、專らたけき武士の道も是にひとしからん、猶以て親兄弟の敵をうつ近付へ賴もしつく仕るは、をのれ〳〵が親兄弟への孝行にも通じて一入是も剛の武士なり、さりながら長沼長介·長八兩人が存知よらずは、無理に傍の者すくふ事叶ふまじ、すくはれて入魂をもちなり共、親兄弟のかたきうつは手抦ならん、まして幼少より數年心にかけて討ちすましたる敵なれば、
新字:さて又增城源八·飯室喜蔵·矢崎新九郎·石田長蔵四人の者共長沼兄弟をすけたる所は尤も頼もしき心ざし、専らたけき武士の道も是にひとしからん、猶以て親兄弟の敵をうつ近付へ頼もしつく仕るは、をのれ〳〵が親兄弟への孝行にも通じて一入是も剛の武士なり、さりながら長沼長介·長八両人が存知よらずは、無理に傍の者すくふ事叶ふまじ、すくはれて入魂をもちなり共、親兄弟のかたきうつは手抦ならん、まして幼少より数年心にかけて討ちすましたる敵なれば、
書き下し
さて又增城源八·飯室喜蔵·矢崎新九郎·石田長蔵四人の者共長沼兄弟をすけたる所は尤も頼もしき心ざし、専らたけき武士の道も是にひとしからん、猶以て親兄弟の敵をうつ近付へ頼もしつく仕るは、をのれ〳〵が親兄弟への孝行にも通じて一入是も剛の武士なり、さりながら長沼長介·長八両人が存知よらずは、無理に傍の者すくふ事叶ふまじ、すくはれて入魂をもちなり共、親兄弟のかたきうつは手抦ならん、まして幼少より数年心にかけて討ちすましたる敵なれば、
現代語訳
さてまた、増城源八・飯室喜蔵・矢崎新九郎・石田長蔵の四人の者どもが長沼兄弟を助けたる所は、もっとも頼もしき志。専ら猛き武士の道もこれに等しからん。なおもって、親兄弟の敵を討つ近づきへ頼もしくいたすのは、おのおのが親兄弟への孝行にも通じて、一入これも剛の武士である。さりながら、長沼長介・長八の両人が存知よらずは、無理に傍の者が助くる事は叶うまじ。助けられて入魂を持ちなりとも、親兄弟の敵を討つは手柄ならん。まして幼少より数年心にかけて討ち済ましたる敵であれば。
解説

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