甲陽軍鑑 / 品第四十七
武士は只心ばせのいたつてつよき根本を糺し、其善惡をもつて批判いたすを侍のことわざと申して、弓矢をとる人の武道なり、君子はもとをつとむるといふ事有、しかれば長沼兄弟思ひ立ち兩人のかたき、しかも剛の者なるを他國へゆきてうたんと存ずるせがれ共、心はせを諸人子を持つほどの面々、我身につもる能々感じてみよ、大形の儀にては有るまじ、惣別義理の達したる人形義よき物なり、義理と形義の間より、剛なる心は出る物なり、長沼兄弟先すぐれたる者と仰出さるゝに付諸侍是を感じ奉る、
新字:武士は只心ばせのいたつてつよき根本を糺し、其善悪をもつて批判いたすを侍のことわざと申して、弓矢をとる人の武道なり、君子はもとをつとむるといふ事有、しかれば長沼兄弟思ひ立ち両人のかたき、しかも剛の者なるを他国へゆきてうたんと存ずるせがれ共、心はせを諸人子を持つほどの面々、我身につもる能々感じてみよ、大形の儀にては有るまじ、惣別義理の達したる人形義よき物なり、義理と形義の間より、剛なる心は出る物なり、長沼兄弟先すぐれたる者と仰出さるゝに付諸侍是を感じ奉る、
書き下し
武士は只心ばせのいたつてつよき根本を糺し、其善悪をもつて批判いたすを侍のことわざと申して、弓矢をとる人の武道なり、君子はもとをつとむるといふ事有、しかれば長沼兄弟思ひ立ち両人のかたき、しかも剛の者なるを他国へゆきてうたんと存ずるせがれ共、心はせを諸人子を持つほどの面々、我身につもる能々感じてみよ、大形の儀にては有るまじ、惣別義理の達したる人形義よき物なり、義理と形義の間より、剛なる心は出る物なり、長沼兄弟先すぐれたる者と仰出さるゝに付諸侍是を感じ奉る、
現代語訳
武士はただ心ばえの至って強き根本を糺し、その善悪をもって批判いたすを侍の諺と申して、弓矢を取る人の武道である。君子は本を務むるという事がある。しかれば、長沼兄弟が思い立ち、両人の敵、しかも剛の者であるのを他国へ行きて討たんと存ずる倅ども、その心ばえを、諸人の子を持つほどの面々は、我が身に積もらせてよくよく感じてみよ。大形の儀にてはあるまじ。総別、義理の達したる人は形儀がよい物である。義理と形儀の間より、剛なる心は出る物である。長沼兄弟はまずすぐれたる者と仰せ出だされるにつき、諸侍はこれを感じたてまつる。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・顔淵篇司馬牛、君子を問う。子曰く、「君子は憂えず懼れず。」曰く、「憂えず懼れざれば、斯れ之を君子と謂うか。」子曰く、「内に省みて疚しからずんば、夫れ何をか憂え何をか懼れん。」
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論語・憲問篇子曰く、君子にして不仁なる者有るかな。未だ小人にして仁なる者有らざるなり。
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論語・学而篇子曰く、「君子は食らうに飽くことを求めず、居るに安きを求めず、事に敏にして言に慎み、有道に就いて正す。学を好むと謂う可きのみ。」
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論語・為政篇子曰く、「君子は器ならず。」
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論語・学而篇子曰く、「君子重からざれば則ち威あらず、学べば則ち固ならず。忠信を主とし、己に如かざる者を友とすること無かれ、過てば則ち改むるに憚ること勿かれ。」
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荀子・哀公篇哀公曰く、善し。敢えて問う、何如なれば斯ち之を君子と謂うべきか、と。孔子対えて曰く、所謂る君子なる者は、言は忠信にして心に徳とせず、仁義身に在りて色に伐(ほこ)らず、思慮明通にして辞は争わず。故に猶然として将に及ぶべきが如き者は、君子なり、と。